企業や個人事業主がSNSアカウントを戦略的に運用する機会が増える昨今、運用代行やコンサルティングといった専門サービスの需要も拡大しています。しかし、SNSは運用範囲や目的が多岐にわたり、コンテンツの作成や著作権、トラブル時の責任分担など、契約内容が曖昧になりやすい領域でもあります。そこで今回は「SNS運用契約書」にスポットを当て、注意すべきポイントや盛り込むべき事項を詳しく解説します。契約前の下準備やリスク管理にお役立てください。
1.なぜSNS運用契約書が必要なのか
1-1.契約トラブルの未然防止
SNS運用は、投稿文の作成や画像・動画の選定・編集、コメント返信、キャンペーン企画など業務範囲が広がりやすい特徴があります。そのため、契約時点で「どこまでやるのか」「どこから先は追加料金なのか」といった境界線を示しておかないと、後々のトラブルにつながる恐れがあります。
さらに、クライアントと運用代行業者の双方が、成果や責任について曖昧な理解のまま運用を開始してしまうと、期待値のズレから不満や不信感が高まり、関係性が悪化するケースもあるでしょう。契約書を整備し、双方の合意点を明確にすることが、こうした揉め事を未然に防ぐ第一歩となります。
1-2.コンプライアンスリスクへの備え
SNS上では、意図せず他者の著作権や肖像権を侵害してしまったり、誹謗中傷に巻き込まれたり、炎上リスクが発生したりする可能性があります。運用契約書のなかで、どこに責任が発生するのかをはっきり示しておくことは、万が一トラブルが起きた際のリスク対策として非常に重要です。
2.SNS運用契約書とは
SNS運用契約書とは、クライアント(依頼主)とSNS運用を受託する事業者(受託者)との間で結ぶ業務委託契約の一種です。作業範囲や成果物、報酬、契約期間、秘密保持などを定義する点は、一般的な業務委託契約と共通する部分も多くありますが、SNS特有のリスクや運用ルールを踏まえた追加要素を盛り込む必要があります。
3.SNS運用契約書に記載すべき主要項目
3-1.契約当事者の情報
- 当事者の正式名称・所在地
- 個人事業主であれば屋号や氏名、法人なら法人名や代表者名を正確に記載します。
- 連絡先
- メールアドレスや電話番号など、迅速に連絡を取り合える手段を明示しましょう。
3-2.契約期間・更新・解約
- 契約期間
- 具体的な開始日と終了日を明確化し、自動更新の有無や更新手続きの期限などを取り決めます。
- 中途解約・解除の条件
- どのような理由があれば中途解約できるのか、違約金や手数料の扱いはどうなるのかを明示することが重要です。
3-3.業務範囲・成果物
SNS運用契約の中核となる項目です。以下のような観点で具体的に明示することで、後から「これは含まれるの?」「ここは別料金?」というトラブルを防げます。
- アカウントの新規立ち上げ支援/既存アカウントの運用代行
- 投稿の作成・編集(文章、画像、動画の作成範囲)
- キャンペーンの企画・実施サポート
- コメントやDMへの対応方針(即時返信の可否、トーン&マナー、営業時間など)
- レポート作成や分析業務(頻度やレポートの形式)
3-4.報酬・支払い条件
- 報酬形態
- 月額固定・成果報酬・投稿単価・ハイブリッド形式などが考えられます。
- 支払い時期・方法
- 指定口座への振込、手数料負担、支払期限といった要素を明確に。
- 追加費用
- 広告運用費(SNS広告出稿)、制作物にかかるデザイナー等への外注費など、追加コストの発生可能性を記載しておくとトラブルを避けやすいです。
3-5.権利関係(著作権・肖像権・商標権 等)
SNSではビジュアルや文章が頻繁にやり取りされるため、権利処理をどのように行うかが大きなポイントとなります。
- 使用素材の権利確認
- 画像やBGM、デザイン要素などを二次利用する場合の権利は誰が管理するのか。
- クライアント素材の使用範囲
- クライアントが提供するロゴや写真の使用範囲や期間を決めておく。
- 運用実績のポートフォリオ利用
- 受託者が自社の宣伝・営業目的で、運用実績として公開する場合のルールを定める。
3-6.秘密保持・個人情報保護
SNS運用には、顧客データやマーケティング戦略など、機密性の高い情報が絡むことも多々あります。よって以下のような取り決めも必要です。
- 秘密情報の定義
- どの範囲まで秘密と扱うか、誰に情報開示してよいかなどを明確にする。
- 個人情報の保護
- 名簿やユーザー情報の取り扱い方法を定め、法律に抵触しないよう留意する。
- 契約終了後の取り扱い
- 契約が終わったあとに、データをどのように破棄・返却するのかなども明記。
3-7.炎上・クレーム等のトラブル対策
SNS運用ならではのリスクといえば、アカウントへの大量の批判コメントや、想定外の拡散による“炎上”が挙げられます。契約書に以下のような対応指針を盛り込み、緊急時にも連携しやすい体制を築きましょう。
- 緊急時の連絡ルート
- 担当者や責任者の連絡先を共有しておく。
- 投稿削除や謝罪文の対応手順
- だれがどのタイミングで対応するのか、SNS運用者の権限をどこまで認めるか。
- 責任分担の範囲
- 運用者側の過失により炎上が発生した場合の賠償責任の有無など。
3-8.損害賠償・責任制限
トラブルが起きた際、どこまで責任を負うのか、賠償額をどのように算定するのかは契約書で定めておきたい重要事項です。SNSの特性上、被害が拡大しやすいケースも考えられるため、責任範囲の上限を設定することも検討に値します。
4.SNS運用契約で起こりやすいトラブル事例と対策
4-1.業務範囲外の依頼が頻発する
運用を進めていくなかで、契約書に含まれていないSNS広告の大規模キャンペーンや、イベント運営まで依頼されるケースがあります。これを無償で対応し続けるとコスト負担が増大するため、
- 契約書に「追加業務・追加料金に関する規定」を設けておく
- 追加依頼があった場合に書面(メール)で見積書を発行し、合意するフローを整える
といった対策を講じると良いでしょう。
4-2.投稿内容へのクライアント側の過剰介入・修正要望
SNSの投稿はスピードが命ですが、クライアントがすべての原稿を細かくチェックし、都度何十回も修正を求めると、運用コストが一気に上がってしまいます。この場合、
- 投稿作業やクリエイティブ制作の「修正回数上限」を設定する
- 納品確認のタイミングを週1回・月1回などあらかじめ合意したペースにする
といった明文化が有効です。
4-3.炎上時の対応方針の不一致
SNSには不特定多数のユーザーが関与できるため、思わぬ投稿やコメントで炎上に発展するケースがあります。そのとき、運用者とクライアントの責任者がどのような基準で投稿削除やコメント対応を行うのか明確にしておかないと、指示待ちの間に拡散が進んでしまう可能性が高くなります。
契約書には緊急時の連絡ルートや権限付与、謝罪や削除の基準を定め、対策マニュアルを共有しておくことが大切です。
5.契約書を作成する際のチェックポイント
- テンプレートの使い回しに要注意
- 一般的な業務委託契約のテンプレートではSNS固有のリスクに対応できない場合があります。SNS運用における特有の問題点を洗い出し、自社の実情に合わせてカスタマイズしましょう。
- 契約書と別に業務仕様書・運用マニュアルを準備
- 契約書は全体の基本ルールを示すものですが、運用マニュアルや仕様書で細部を補足しておくと、双方で認識が合わせやすくなります。
- 法的リスクを含む条項は、専門家にチェックを依頼する
- 著作権や個人情報保護など、法律の解釈が必要となる箇所は専門家の助言を得るのが望ましいです。特に近年はSNS関連の法整備が進んでいるため、最新動向に即した条文を盛り込むことをおすすめします。
- 締結後も見直しを怠らない
- SNSは流行や仕様変更が激しいため、契約書を初回に作成して終わりではなく、定期的な見直しやアップデートが重要です。
6.まとめ
SNS運用の契約は、業務範囲の広さやトラブル発生のリスクが他の業務委託契約よりも高い傾向があります。そのため、「契約書は形だけ」と考えず、業務範囲・報酬・炎上対策・責任分担などをできるだけ明確に示したうえで締結することが重要です。また、SNS独自の法的リスク(著作権、個人情報、誹謗中傷問題など)を踏まえ、専門家の力を借りて適切な条文を整備することが望ましいでしょう。
契約段階でしっかりと詰めておくことで、運用途中の混乱やトラブルを軽減し、SNSの効果を最大限に活かすことが可能となります。クライアントとの信頼関係を築くためにも、各条項を明文化したSNS運用契約書は欠かせない存在です。
本コラムで解説したポイントはあくまで一般的なガイドラインです。SNS運用の実態や企業規模、扱うサービス内容によって必要な条項や優先度は異なりますので、最新の法令や実際の業務フローに合わせて検討・カスタマイズしていただくことが大切です。
注意
本記事は情報提供を目的としており、特定の法律問題についての法的アドバイスではありません。契約書の作成や条文内容の最終的なご確認は、弁護士や行政書士など専門家にご相談いただくことを推奨します。
以上が、SNS運用契約書の注意点や記載すべき事項をまとめたガイドラインとなります。契約時の参考としてお役立てください。