はじめに近年、法律上の婚姻届を提出しないまま夫婦同然に生活を営む、いわゆる「事実婚」や「内縁関係」が注目されています。価値観の変化やライフスタイルの多様化により、こうした関係性を選択するカップルが増えているのです。とはいえ、日本の現行法上では、事実婚関係と法律婚は同じ扱いにはなりません。たとえば相続や税制上の優遇措置など、さまざまな場面で「入籍していない」という事実が不利に働くケースがあります。
そこで、自分たちの生活や将来をより安心して築くために、事実婚カップルが「パートナーシップ契約書」「事実婚契約書」などと呼ばれる書面を作成することが増えています。本記事では、そうした契約書を作成する際に押さえておきたいポイントや、作成時に盛り込むべき内容などをガイドラインとして整理します。

1. 事実婚(内縁)と法律婚の違い

まず大切なのは、事実婚と法律婚の差異を理解することです。日本の民法は「婚姻届を提出し、受理されていること」を前提とし、多くの権利や義務は「戸籍上の夫婦」であることに基づきます。たとえば、遺族年金や配偶者控除などは婚姻関係を結んでいることが条件になるのが一般的です。一方で、長年同居して生活を共にしている内縁関係に対して、裁判所は一定の法的保護を認める傾向があるものの、法律婚とまったく同等ではありません。
こうした背景から、「一緒に暮らすパートナーとしての権利義務を、可能な限り対等に確保したい」という想いを形にする手段の一つとして、事実婚カップルが二人で合意した内容を契約書に落とし込む方法が選ばれています。


2. なぜ契約書を作成するのか

事実婚関係を続ける中で、さまざまな問題に直面する可能性があります。たとえば次のようなケースが想定されます。

  1. 財産の管理や分配をめぐるトラブル
    共同生活を送る過程で、家賃や光熱費などの生活費をどのように分担するのか、貯蓄や不動産などをどちらの名義にするのか、といった点で食い違いが出ることがあります。
  2. 事実婚解消時の精算方法
    法律婚の場合、離婚に際しては財産分与や慰謝料など、一定のルールに基づき処理されます。しかし事実婚だと、法定の枠組みは明確ではありません。解消時に財産を巡る紛争に発展しやすいのが特徴です。
  3. 相続や子どもの問題
    事実婚のパートナーには原則として相続権がないため、もしものときに「遺産をすべて親族に取られてしまった」などの事態が起こりえます。また、子どもがいる場合には親権や扶養の取り決めも重要です。

こうしたリスクを軽減するために、互いが合意したルールを明文化し、将来のトラブルを未然に防ぐのが契約書作成の大きな目的といえます。


3. 契約書に盛り込みたい主な項目

3-1. 当事者情報・事実婚開始日

契約書の冒頭には、当事者(パートナー二人)の氏名や生年月日、住所など基本的な個人情報を明記します。必要に応じて、同居を始めた日付や、婚姻届を出していないことの確認など、「どの時点から事実婚関係が始まったのか」を定義づけることが望ましいです。

3-2. 生活費や家計の負担方法

ふたりで生活するうえでは、家賃・水道光熱費・食費といった日常の支出が生じます。これらをどのような割合で負担するのか、あるいは共同口座を設けて管理するのか、といった合意事項を記載するとトラブルを防ぎやすくなります。

3-3. 個別の財産管理と共有財産の帰属

契約前から所有している財産と、パートナーシップ期間中に新たに取得する財産は区別しておくことが大切です。将来的に購入予定の不動産がある場合には名義をどうするのか、車や貯蓄などは共有とするのか、といった点も明確に定めます。

3-4. 借入金や債務の扱い

どちらか一方が借入金を抱えている場合、それが共同生活にどのような影響を及ぼすのかを整理しておきましょう。連帯保証をしないことを明記するなど、お互いのリスクを軽減する規定を設けることも考えられます。

3-5. 医療・介護に関する同意とサポート

法律上、事実婚カップルには「配偶者」としての法的権限が認められにくい場面があります。たとえば病院での手術同意などです。状況によっては主治医や医療機関が柔軟に対応してくれることもありますが、事前に書面で「パートナーとして治療や介護に協力する意思がある」旨を示しておくと、よりスムーズな対応を得られる可能性があります。

3-6. 子どもに関する取り決め

既に子どもがいる場合、あるいは将来的に子育てを計画している場合には、保育や教育費の負担、親権や養育費について検討する必要があります。特に実子ではなく養子縁組を行うかどうかなど、戸籍に関わる事項は慎重に手続きを進めることが重要です。

3-7. 事実婚解消時の処理方法

別れるときの話を事前に決めるのは気が進まないかもしれませんが、後々の紛争を回避するためには必要な作業です。解消を申し出る方法や財産の精算ルール、慰謝料の有無などを取り決めておきましょう。

3-8. 契約の変更・解除方法

双方が合意すれば、契約内容を変更したり解除したりすることができます。変更手続きの方法や必要な合意書の作成などについて定めておくと、状況の変化に柔軟に対応できます。

3-9. 紛争解決の手段

万が一、契約内容に関して意見が対立した場合は、まず協議で解決を試みるのが基本です。それでも合意に至らないときは、調停や裁判の場を利用するか、仲裁機関を指定するかなど、紛争解決プロセスの方針も記載しておくとスムーズです。


4. 事実婚契約書でカバーできない部分

事実婚契約書は、あくまで民法の規定や判例などの枠内で当事者同士が合意を交わすものです。法律婚と全く同じ効力を得るわけではないため、以下のような点には留意が必要です。

  1. 相続に関する法定の権利
    事実婚パートナーには法定相続権が認められません。相続でパートナーを守りたい場合は、遺言書の作成など別途の手段をとることが重要です。
  2. 税制優遇
    配偶者控除などの税制上の優遇措置を受けるためには、法的な婚姻関係である必要があります。事実婚では利用できないケースがほとんどです。
  3. 公的年金や社会保険の扱い
    遺族年金や健康保険の被扶養者認定など、婚姻を前提とした制度はまだ多くあります。こうした保障を確保するには別の対策が必要です。

5. 契約書作成の進め方

  1. 二人で話し合う
    まずはパートナーとお互いの希望や考え方をじっくり話し合い、どの部分を契約書に盛り込みたいのか、優先順位を明確にしておきます。
  2. 専門家への相談
    弁護士や行政書士、司法書士など法律の専門家に依頼して文案を検討してもらうと、より安心です。複雑な財産管理や相続対策など、個別の事情に合わせたアドバイスを受けることができます。
  3. 文書化・証拠化
    口約束だけでは後々証拠能力に乏しいため、署名押印してきちんと書面化することが必須です。公正証書にする方法も検討すれば、より証明力が高まります。
  4. 定期的な見直し
    就職・転職や新居の購入、子どもの誕生など、人生には多くの変化が訪れます。そのたびに契約書の内容を見直し、状況に合った形へアップデートしていきましょう。

6. 契約書作成時の注意点

  • 互いに無理のない内容に
    どちらかに極端に不利な規定を盛り込んだ場合、後々「公序良俗に反する」と見なされ無効になるリスクがあります。
  • 相続問題は別途対応
    特に相続をめぐる争いは親族を巻き込んで大きなトラブルとなりやすいです。事実婚パートナーに遺産を残したい場合は、必ず遺言書の作成を検討しましょう。
  • 証人や立会人を付ける
    お互いの合意をより強く証明したい場合は、信頼できる第三者や公証人の前で契約を結ぶ方法もあります。
  • 周囲の認識を高める
    住民票の続柄を「夫(未届)・妻(未届)」と記載してもらったり、職場でパートナーシップ契約の存在を説明したりすることで、社会的な承認を得やすくなるケースがあります。

7. おわりに

事実婚という関係は、法律婚とは異なるメリットや自由度がある一方で、法制度の隙間に立たされやすい側面もあります。パートナー同士がお互いを深く理解し合い、日常生活や将来設計における責任を分かち合うためには、契約書の作成が大きな支えとなるでしょう。
「共に歩む意志」をしっかりと書面に落とし込み、それぞれの希望や条件を明確化することは、より良いパートナーシップを築くための第一歩です。そして、作成した契約書はゴールではなく、必要に応じて何度でも見直し、修正を加えていくことが大切です。ふたりの人生設計が変わっていくのにあわせて、契約書もまた進化させていきましょう。


上記のガイドラインは一般的な考え方をまとめたものであり、すべての事例に当てはまるとは限りません。事実婚契約書の作成や相続・税制に関する具体的なご相談は、専門家へお問い合わせください。