宅建業者を介さない直取引で失敗しないための実務ガイド
不動産の売買は、高額資産の所有権を移転させる一生に何度もないイベントです。本来であれば宅地建物取引業者(いわゆる不動産会社)が間に立ち、重要事項説明や書類作成、決済立ち会いなどを行います。しかし最近は、親族間や SNS 経由のマッチング、所有者同士の直接交渉といった「個人対個人(以下 CtoC)」の売買が増えています。仲介手数料を節約できる反面、契約書の不備が原因で代金トラブル・登記拒否・瑕疵賠償などの紛争が発生するリスクも高まります。
以下では、契約書作成を専門とする行政書士の立場から、CtoC で不動産売買契約書を締結する際に必ず押さえてほしい10の論点を解説します。
1 物件特定情報は「登記事項」と「現況」の両輪で書く
売買対象を誤認させないためには、登記簿上の表題部(所在地・地番・地目・地積)を正確に転記しつつ、現況との相違を併記することが不可欠です。たとえば宅地として登記されているが現況は駐車場である場合、「登記地目:宅地/現況:駐車場」と明示します。測量図が古い場合は境界標の有無も追記し、将来の境界紛争を未然に防ぎましょう。
2 手付金の額と「解約手付」か「証約手付」かを区別する
手付は一般に売買代金の5〜10%が目安ですが、**「手付解除が可能な解約手付にするのか、それとも契約成立を証する証約手付にするのか」**で法的効果が異なります。解約手付とした場合、相手方の履行前であれば手付金放棄(受領側は倍返し)で一方的に契約を解消できます。条文に「本手付は民法557条の解約手付とする」とはっきり書き、解除期限(通常は決済前日まで)を設けてください。
3 危険負担・瑕疵担保の切り分け
決済前に地震や火災で建物が滅失した場合、危険負担の原則に従えば目的物引渡し前のリスクは売主が負います。契約書では「本物件の引渡日前に生じた滅失・損傷は売主が自己の費用で復旧し、難しい場合は契約を無条件解除できる」と定めるのが安全です。引渡し後に発覚する雨漏り・シロアリ・構造欠陥などは**契約不適合責任(旧瑕疵担保責任)**の対象となるため、責任期間(引渡しから3か月など)と補償方法(修補・代金減額)を具体的に定めておきます。
4 停止条件付き契約の活用
買主が住宅ローンを利用する場合、金融機関の承認が下りなければ資金決済ができません。**「買主が○年○月○日までに融資承認を得られないときは、契約は当然に効力を失い、手付金は無利息で返還する」**と停止条件を明記しましょう。これにより、融資否認を理由に損害賠償を請求されるリスクを回避できます。
5 登記義務と司法書士費用の負担区分
所有権移転登記申請は売主買主の共同義務ですが、登録免許税や司法書士報酬の負担割合を曖昧にするとトラブルになります。「登録免許税は買主負担、抵当権抹消登録費用は売主負担、司法書士報酬は折半」のように条文化し、登記申請日までに必要書類(印鑑証明書・固定資産評価証明書など)を売主が準備する義務を明示します。
6 税金の起算日と精算方法
固定資産税・都市計画税は1月1日時点の所有者に課税されるため、決済日が年度途中の場合には日割精算が一般的です。契約書に「固定資産税等は本年分を起算日1月1日とし、決済日に至る日数を売主負担、以降を買主負担として決済時に清算する」と記載すると、税負担の誤解を防げます。
7 境界確定義務と測量図添付
隣地との境界標が欠損している土地は、将来の建替え時に思わぬ紛争を招きます。売買後に境界確定を巡って買主から損害賠償請求を受けるケースもあるため、売主が土地家屋調査士を通じて「確定測量図」を作成し、境界標を復元する義務を負う条項を設けることを推奨します。費用負担は売主が原則ですが、交渉次第で折半も可能です。
8 居住中物件の引渡しと明渡し猶予
自宅を売却し、引渡し後に賃貸物件や新築住宅へ転居する場合、明渡し猶予期間を設けないと「引渡し日は決済=即退去」となり実務上困難です。契約書に「売主は決済日から起算して○日以内に明渡す。猶予期間中は買主に日額○円の使用貸借料を支払う」と規定しておくと、引越日程を円滑に調整できます。
9 反社会的勢力排除条項
CtoC 取引でも反社チェックは必須です。「売主および買主は暴力団等の反社会的勢力でないことを表明し、将来も該当しないことを確約する。違反時は通知により無催告解除し、損害賠償を請求できる」と盛り込んでおきましょう。金融機関での決済立ち会いでも、反社条項がないと融資が下りない場合があります。
10 合意管轄と準拠法
当事者が遠隔地の場合、訴訟の管轄をめぐる争いは想像以上にコストがかかります。契約書末尾に「本契約に関する紛争は、売主の現住所を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」などと定めておけば、訴訟提起の手間を見通したうえで合意できます。
まとめ
個人間で不動産売買契約書を作成する際には、登記事項の正確な転記・手付金の性質・危険負担と契約不適合責任・登記義務と費用負担・税金精算・境界確定・反社条項など、多岐にわたる論点を網羅しなければなりません。仲介手数料を節約できても、契約書の不備が原因で想定外の損害賠償や登記不能に陥れば本末転倒です。行政書士は、売買契約書のドラフト作成だけでなく、登記申請に必要な委任状・決済スケジュールの作成、さらに金融機関・司法書士との調整までトータルで支援できます。CtoC 取引に踏み切る前に、ぜひ一度専門家に相談し、**「安心して権利を移転できる契約書」**を手に入れてください。