塾経営者が個別指導や学習塾の講師と契約する場合、契約形態を雇用ではなく業務委託(準委任契約)とすることで、講師を社員として雇用するより柔軟な関係を構築できます。ただし、契約書の内容によっては実質的に雇用契約とみなされるリスクがあるため、十分な配慮が必要です。本稿では、労働法・民法・下請法・個人情報保護法などの法令に違反しないよう留意しつつ、行政書士の専門的視点から塾講師との業務委託契約書に盛り込むべきポイントを解説します。

1.準委任契約と雇用契約の違いと法的リスク

1-1.独立した事業主としての契約関係の明確化

業務委託契約(準委任契約)では、講師は塾から独立した個人事業主として業務を行います。契約書には「講師は塾の従業員ではなく独立した事業主である」旨を明記し、雇用契約ではないことを双方で確認しましょう。これにより、指揮命令系統から除外され、講師が自らの裁量で業務を遂行する立場であることが明確になります。この条項を設けることは形式的なものではなく、後述する労務トラブルを避ける上で非常に重要です。

1-2.雇用契約とみなされないための配慮

契約書の名称が業務委託であっても、実態として使用者(塾)からの指揮命令の下で労働していると判断されれば、法律上は雇用契約とみなされる可能性があります。雇用契約と判断されると労働基準法などの労働法規が適用され、最低賃金・残業代の支払い、社会保険の加入義務、解雇制限など様々な義務が発生します。また、偽装請負(契約は委託だが実態は雇用)と判断されると、労働者派遣法違反や労働者供給事業の禁止に抵触する恐れもあり、行政指導や罰則の対象となり得ます。
こうしたリスクを避けるため、業務遂行の方法や時間の指定には注意が必要です。塾側が講師に対して勤務時間や指導方法を細かく指示・監督しないよう、契約書上も実務上も配慮しましょう。契約書には「業務の進め方は講師の裁量に委ねる」「必要な指示連絡は業務上の連絡に限る」などと定め、塾が直接的な指揮命令を行わない建前を整えます。特に指導日時の指定方法については、後述するように一方的な勤務シフト命令とならないよう注意が必要です。

1-3.民法上の準委任契約の特徴

塾講師との契約を準委任契約とする場合、民法上の委任契約の規定(民法643条以下)が適用されます。準委任契約では、特定の成果物の完成ではなく労務提供そのものを目的とするため、講師は善良な管理者の注意義務(善管注意義務)をもって指導業務を遂行する義務があります。一方、委任契約は当事者双方がいつでも解約できるのが原則です。ただし契約期間を定めている場合などは信義則上、相手方に不利なタイミングでの一方的解除は損害賠償の原因となり得ます。そのため契約書で解約の条件や手続きを定め、後述するように円滑に契約終了できるルールを設けておくことが実務上重要です。契約内容が民法の強行規定や公序良俗に反しないことも前提となります。

2.業務委託契約書に盛り込むべき主要条項

契約書には、双方の権利義務や業務の範囲を明確に定める条項を網羅しておく必要があります。以下に、塾経営者と講師との業務委託契約書で特に注意すべきポイントを挙げます。

2-1.報酬と支払い条件

**報酬(契約対価)**に関する取り決めは契約の根幹です。金額だけでなく、計算方法や支払い条件も具体的に定めましょう。例えば「1コマ(◯分)あたり○○円(税別/税込)」「月末締め翌月○日支払い」などと明記します。報酬額が時間単価に連動する場合でも、それが直ちに雇用とみなされるわけではありませんが、成果に対する対価であることを強調すると効果的です(例:「提供した指導サービスに対する委託料」等と記載)。また、消費税の扱い(込・外)や源泉徴収の有無(講師が個人の場合、税務上必要に応じて源泉徴収を行う旨)も記載しておきます。

支払い方法は通常銀行振込とし、振込手数料の負担者も定めます。さらに、報酬の支払時期については下請代金支払遅延等防止法(いわゆる下請法)にも留意が必要です。塾が法人等で講師が個人事業主として業務を請け負う場合、取引内容によっては下請法上の「役務提供委託」に該当することがあります。その場合、発注書面の交付60日以内の代金支払いなどが義務となります。不当に支払いを遅延させたり報酬を減額したりすると法律違反となるため、契約書どおり適正な支払いを行うことが大前提です。

なお、レッスンのキャンセル発生時の報酬取扱いも決めておきましょう。例えば「塾都合で授業を中止した場合は予定報酬の○%を支払う」「講師都合で休講する場合は原則振替授業を行い、困難な場合は当該分の報酬を減額する」等、トラブル時の調整ルールを取り決めておくと、緊急時にも円満に対応できます。

2-2.業務内容と指導日時の指定方法

業務内容は契約書においてできるだけ具体的に記載します。例えば「○○科目の個別指導」「カリキュラム作成補助」「定期テスト対策講座担当」など、講師が担う業務範囲を明確化しましょう。業務内容を曖昧にすると「そこまでやる契約ではない」といった認識齟齬からトラブルになりかねません。ただし、あまりに細かく指示的に書きすぎると、塾が講師に対して業務方法まで全面的に拘束・管理していると受け取られる恐れもあります。契約上はあくまで「業務委託の範囲」として必要事項を定め、具体的な進め方は講師の裁量に委ねる旨を付記すると良いでしょう。

特に慎重に検討すべきが指導日時の指定方法です。塾側が講師の勤務日時を一方的に固定するような条項は、実質的な労働時間の拘束とみなされる可能性があります。そこで、契約書では例えば「指導日程および時間帯は塾の開講スケジュールに基づき双方協議の上で決定する」など、双方の合意により決める形式を取ります。こうすることで、「シフトを命令している」のではなく「業務ごとに請負ってもらう」ニュアンスを出すことができます。加えて「講師は合意した日時に業務を遂行する責任を負う。やむを得ず変更が必要な場合は速やかに相手方に通知し協議すること」と規定し、責任と柔軟性のバランスを取ります。

指導方法についても、基本的には講師の専門性に委ねる姿勢を示しつつ、塾の教育方針や指導マニュアルがある場合には「講師は塾の定める指導方針・教材を尊重し、これに沿った指導を行うよう努める」程度の表現に留めます。業務委託契約では必要最低限の指示に留め、過度な業務指示・監督は行わないことが肝要です。

2-3.秘密保持義務

塾の運営上の情報や生徒に関する情報を扱う以上、秘密保持(機密保持)条項は欠かせません。契約期間中はもちろん、契約終了後も一定期間この義務が継続する旨を定めます。秘密情報の定義として、塾の教材・カリキュラム、指導ノウハウ、経営上の情報、生徒や保護者に関する情報など広く包含しましょう。講師はこれらの秘密情報を第三者に漏洩しない義務を負い、また契約目的以外に利用しないことを誓約させます。万一違反した場合の対応(差止請求や損害賠償請求)についても触れておくと抑止力になります。

なお、必要に応じて別途機密保持契約書(NDA)を締結するケースもありますが、通常は業務委託契約書内に上記事項を盛り込めば十分です。塾が事前に提供した教材や資料の取り扱いにも言及し、契約終了時にはそれらを返却または適切に廃棄させる旨も定めておきます。

2-4.個人情報の適切な管理

生徒や保護者の氏名・連絡先・成績情報などは個人情報保護法で保護される個人データです。塾は事業者として個人情報を取り扱う際、委託先である講師に対して適切な監督を行う義務があります。契約書には、講師が業務上知り得た生徒等の個人情報を適正に管理し、目的外利用しないことを明記しましょう。具体的には「講師は本業務に関連して知り得た個人情報を本契約の目的の範囲内でのみ使用し、厳重に管理する」「業務上必要な範囲を超えて個人情報を複製・保存しない」「契約終了時には一切の個人情報(写しを含む)を塾に返却し、または塾の指示に従い適切に廃棄・消去する」等の内容を定めます。

さらに、個人情報が漏洩した場合の報告義務や、講師自身が個人情報保護法その他関連法令を遵守する旨の規定も盛り込むと良いでしょう。塾側としても講師に個人データを預ける以上、必要かつ安全な措置を講じさせる契約上の根拠が重要です。違反時の措置(契約解除や損害賠償請求の可能性)も明記し、個人情報の保護に万全を期します。

2-5.生徒との直接接触・取引の禁止

業務委託契約を結ぶ際には、講師が塾を介さずに生徒や保護者と直接取引しないよう制限する条項も重要です。具体的には、「講師は在籍生徒および過去○年間に塾に在籍していた生徒に対し、塾の許可なく個人的な指導サービスの提供や契約締結を勧誘してはならない」といった非勧誘(ノンソリシテーション)規定を設けます。これにより、講師が塾の生徒を引き抜いて個人契約の家庭教師になってしまうような事態を防止できます。

また、「塾の許可なく生徒およびその保護者と直接連絡先を交換したり、私的に会合を持ったりしないこと」も定めておくと良いでしょう。塾を通さず講師と生徒が直接やり取りする状況は、ビジネス上のリスクだけでなく生徒の安全管理上も望ましくありません。万一これに違反した場合の対応として、契約解除理由となることや、悪質な場合は損害賠償請求の対象となり得る旨を記載しておけば抑止効果が高まります。

このような接触制限条項は、塾の顧客流出を防ぐと同時に、健全な指導環境を守る役割も果たします。ただし、業務上必要な保護者への報告や面談などは例外として認めるケースもあり得るため、実情に合わせて条項の表現を調整してください。

2-6.競業避止義務

競業避止義務とは、契約期間中および契約終了後一定期間、講師が塾と競業する行為を制限する条項です。塾のノウハウや生徒情報を得た講師が、近隣で競合する塾を開業したり他社塾へ転職したりすると、塾経営者にとって大きな損失となりかねません。そこで、「講師は本契約期間中および契約終了後○ヶ月間、○○市内において当塾と同種同規模の教育業務を自ら営み、または第三者に営ませてはならない」等と定めることが考えられます。

ただし、競業避止義務は講師の職業選択の自由を制限するため、過度に広範な禁止は無効または公序良俗違反と判断される可能性があります。合理的な範囲に絞ることが重要です。期間は長すぎず(一般的に半年~2年程度までが目安)、地域も塾の商圏に限定し、禁止する行為内容も「同業の塾の立ち上げ・運営」「在籍生徒への授業提供」といった核心部分に留めます。また、講師が専業のフリーランスである場合、あまりに厳しい競業避止は独占禁止法上の優越的地位の濫用と見なされるリスクや、2024年施行のフリーランス保護新法の趣旨にも反する恐れがあります。したがって、塾の正当な利益を守る範囲内で最小限の制限にとどめ、必要以上に講師の今後の活動を縛らないよう配慮しましょう。

2-7.契約期間、更新と契約終了時の取り扱い

契約期間を定める場合は、その期間と更新方法を明確にします。例えば「契約期間は1年間とし、双方から期間満了の○ヶ月前までに書面による解約の申し出がないときは同一条件でさらに1年間自動更新する」等の規定です。更新を希望しない場合の通知期限も忘れずに定めます(通知なき場合の自動更新条項がないと、契約終了のタイミングをめぐってトラブルになることがあります)。契約期間を定めず無期限とする場合でも、解約に関するルールを取り決めておくことが重要です。

また、契約期間中であっても中途解約を認める条件や手続きを契約書に規定しておきましょう。一般に民法上は委任契約の当事者はいつでも解約可能ですが、実務上は「一方が解約を希望する場合は○日前までに書面通知する」といったルールを設け、突然の一方的な契約終了で相手に損害を与えないようにします。必要に応じて、「重大な契約違反があった場合には催告なしに直ちに契約解除できる」旨の条項(いわゆる解除事由)も入れておくと、講師の不適切な行為や塾側の支払遅延など緊急時に対処しやすくなります。

契約終了時の処理事項も明記しましょう。前述のとおり、貸与物や資料・データの返却・廃棄、未払い報酬の清算方法、前払いしていた場合の精算などを取り決めます。加えて、秘密保持義務や競業避止義務、接触禁止義務など契約終了後も継続すべき義務があれば、その存続期間を確認し記載します。例えば「秘密保持義務は契約終了後○年間有効」等です。契約終了後も講師が生徒と直接契約を結ばないよう、終了後の非勧誘義務を改めて規定することも有効です。

3.まとめ:適正な契約で円滑な業務委託関係を構築しよう

以上、塾講師との業務委託契約(準委任契約)において押さえておくべき法的・実務的ポイントを解説しました。雇用契約ではなく委託契約とするメリットを活かすには、契約書で双方の役割と責任範囲を明確にし、法令を遵守した条項設定を行うことが肝心です。労働法上のリスクに配慮しつつ、報酬や業務内容、各種義務・禁止事項を網羅した契約書を締結することで、後々のトラブルを予防できます。また、2024年施行のフリーランス新法により発注者には契約内容の書面交付や報酬の適正支払が求められるなど、フリーランス講師との取引環境も整備されつつあります。こうした動向も踏まえ、公正で明確な契約書を用意することが双方の信頼関係構築につながります。

契約書の作成にあたって不明点がある場合は、契約書作成を専門とする行政書士など専門家に相談し、自社の塾の実態に即した条項の調整を行うと良いでしょう。適切な契約により講師も安心して指導に専念でき、塾経営者も法的リスクを軽減しながら円滑に業務を委託することができます。これから契約書を作成される際は、ぜひ本稿のポイントを参考にしてみてください。