建設業法第19条による契約書面の義務

建設業法第19条では、建設工事の請負契約を締結する際に契約内容のうち重要な事項を記載した書面を作成し、契約当事者双方が署名または記名押印して互いに交付しなければならないと定めています。これは元請・下請を問わずすべての民間工事の請負契約に適用され、工事規模や請負代金の大小にかかわらず遵守が必要です。民法上は当事者間の「申込」と「承諾」の意思表示が合致すれば契約は成立しますが、建設業法ではそれに加えて契約書面の作成・交付を義務付けることで、契約内容を明確にし紛争を防止する狙いがあります。

契約書を作成せずに工事を請け負うことは状況によっては建設業法違反となり、監督行政庁(国土交通大臣または都道府県知事)からの指示処分等の対象となりえます。指示に従わない悪質な場合には営業停止や許可取消しの処分に発展する可能性もあるため、契約締結時には必ず書面を取り交わすようにしましょう。

請負契約書に記載すべき事項(建設業法第19条)

建設業法第19条第1項各号では、建設工事の請負契約書に必ず記載しなければならない事項として次の項目が列挙されています(2024年改正により現在16項目)。これらすべてを網羅した契約書でなければ法律違反となるため注意が必要です(※⑯は「国土交通省令で定める事項」ですが、現時点で該当事項が定められていないため実質15項目です)。各項目は以下のとおりです。

  1. 工事内容 – 契約の対象となる工事の具体的内容(工事の目的物の構造・規模・仕様等)。
  2. 請負代金の額 – 工事の請負代金総額。
  3. 工事着手の時期及び工事完成の時期 – 工事を開始する日と完成する日。
  4. 工事を施工しない日又は時間帯の定めを設けるときはその内容 – 工事を行わない休日や作業時間帯の規定(定めがある場合のみ記載)。
  5. 前払金や出来高払いの定めを設けるときはその支払時期および方法 – 請負代金の一部または全部について前払い・中間払いを行う場合の支払条件(定めがある場合のみ)。
  6. 設計変更・工期延期・工事中止等があった場合の工期延長、請負代金額の変更、損害負担および算定方法の定め – 当事者の一方から設計変更の指示や工期延期・中止の申出があった場合の契約内容変更や損害賠償の取り決め。
  7. 天災その他不可抗力による工期変更または損害負担および算定方法の定め – 自然災害等の不可抗力が発生した場合の工期や損害の取扱い。
  8. 物価変動等に伴う工事内容または請負代金額の変更およびその算定方法の定め – 資材価格や賃金の変動によって工事内容や請負代金を変更する場合の取り決めと、その金額の算定方法。※2024年改正で「金額変更時の算定方法」も明記することが追加されました。
  9. 第三者に損害が生じた場合の賠償金負担の定め – 工事施工により第三者(近隣住民など)に損害を与えた場合の損害賠償責任の取り決め。
  10. 注文者が提供する資材や貸与機械の内容・方法の定め – 注文者(発注者)が工事に使用する材料を支給したり機械設備を貸与する場合の内容・受渡し方法。
  11. 注文者による完成検査の時期・方法および引渡しの時期 – 注文者が工事完成後に行う検査の実施時期・方法と、その後の成果物の引渡時期。
  12. 工事完成後の請負代金支払の時期および方法 – 完成引渡し後に請負代金を支払う期日や支払方法(出来高払とは別に、最終精算の条件)。
  13. 契約不適合(瑕疵)に関する責任や保証措置の定めを設けるときはその内容 – 引き渡した工事の目的物が契約どおりの種類・品質を満たさない場合の修補など請負人の責任(旧瑕疵担保責任)や、必要に応じて加入する保証保険契約などについての取り決め(定めがある場合のみ記載)。
  14. 債務不履行の場合の遅延利息・違約金その他の損害金 – 工期遅延や支払い遅延など契約当事者の履行遅滞が生じた場合の遅延利息率、違約金の額、損害賠償金の扱い。
  15. 契約に関する紛争の解決方法 – 万一紛争が生じた場合の解決手段(例:調停や仲裁、管轄裁判所の合意など)。
  16. その他国土交通省令で定める事項 – 国土交通省令(施行規則)で追加指定された記載事項(※現在該当事項なし)。

上記のうち、④工事を施工しない日、⑤前金払・出来形払い、⑬契約不適合責任の各項目は「定めをするときは」と条件付きで規定されています。つまり該当する取り決めをしない場合にはその項目は契約書に記載不要です(例えば前払金がなければ⑤を省略可)。また資材の支給や機械の貸与が無い場合は⑩も不要です。それ以外の項目(①~③、⑥~⑨、⑪~⑫、⑭~⑮)については契約内容に必ず存在する事項であり、省略は認められません。契約書に漏れなく明記するようにしましょう。なお、契約締結後にこれら記載事項に該当する内容を変更する場合も、第19条第2項の規定により、変更内容を書面(または後述の電子手段)で記載・署名(記名押印)し、当事者双方で交付する必要があります。契約後の追加変更や設計変更の合意も必ず書面で取り交わしてください。

電子契約と施行令・施行規則の位置付け

従来、建設工事の請負契約は紙の契約書による交付が原則でしたが、2020年の法改正により電子契約も認められるようになりました。建設業法第19条第3項では、書面交付の代わりに電子情報処理組織を使用する方法等のITを利用した措置であって、政令および国土交通省令で定める要件を満たすものによる契約も可能と規定されています。具体的には契約当事者双方の承諾を得たうえで、改ざん防止や閲覧性確保など一定の基準を満たす電子契約サービスや電子メール交換等の方法で契約書情報を授受することが認められています。この場合、紙の書面交付と同等に扱われます。ただし電子契約であっても前述の記載すべき契約条項(①~⑮)については同様に契約データ上で明記する必要があります。電子契約を導入する際は、建設業法施行令・施行規則が定める技術的要件に沿った方法を採用し、法定の記載事項が漏れないよう注意しましょう。

民法上の請負契約との関係

建設工事の請負契約は基本的に民法上の「請負契約」に該当し、民法の規定も適用されます。民法では請負人(受注者)は仕事の完成義務を負い、注文者はその成果に対して報酬(請負代金)支払義務を負います。工期や代金支払時期、瑕疵(契約不適合)の取り扱いなどについて民法には一般的な規定や原則が存在しますが、建設業法第19条の規定はそれら契約内容の重要事項を具体的に書面で定めることを義務付ける点で民法より厳格です。

たとえば民法では支払い時期の明示がなくとも原則として仕事完成時に代金支払い義務が生じますが、建設業法ではいつ支払うか(中間払いや最終払の時期)を契約で明記しなければなりません。また、民法では請負人の担保責任(契約不適合責任)は法律上当然に負いますが、建設業法上はもし保証内容や保険加入等を取り決めるのであれば契約書にその内容を記載することとされています。遅延利息についても、民法上は法定利率(年3%※変動制)で遅延損害金が発生しますが、建設業法では利率や違約金額を契約書で定めることを求めています。このように民法の基本ルールに加えて、建設業法第19条は当事者間で特に合意しておくべき事項を網羅し文書化させることで、後日の認識違いや紛争を防止しようとするものです。契約当事者は民法の規定も踏まえつつ、第19条の必須条項についてしっかり合意内容を文章に落とし込む必要があります。

民間(七会)連合協定工事請負契約約款との関係

民間の建設工事では、「民間(七会)連合協定工事請負契約約款」と呼ばれる標準的な請負契約約款が広く利用されています。これは建築・建設関係の7つの業界団体で構成される委員会によって策定・勧告されている標準約款で、建設業界で一般に「七会(ななかい)約款」などと称されています。民間工事の発注者と受注者はこの標準約款に基づいて契約書を作成することが多く、建設業法第19条で求められる全ての事項を網羅する内容となっているのが特徴です。

七会約款では、工事内容や工期、代金支払、設計変更や不可抗力時の取扱い、第三者賠償、瑕疵担保責任(契約不適合)、遅延損害金、紛争解決方法に至るまで、第19条各号の事項に対応した条項が整備されています。したがって、この約款を用いて契約締結すれば法律上必要とされる条項はひととおり契約書に盛り込まれることになります。実務上も国土交通省や業界団体が推奨するひな形として信頼性が高く、契約書作成の際の参考資料にもなります。実際、中央建設業審議会が作成した「建設工事標準請負契約約款(平成29年改正版)」など公的な標準約款も、この民間連合協定約款をベースにしており、法令遵守と紛争防止の観点から契約当事者に広く利用されています。

近年の法改正にも対応するよう約款は改訂が行われており、令和5年(2023年)1月改訂版では前述の価格変動に伴う請負代金額の算定方法の明示など最新の建設業法に即した条文整備がされています。契約実務においては、この標準約款を活用したり条文を参照したりすることで、第19条の必須記載事項を漏れなく盛り込んだ契約書を作成しやすくなるでしょう。なお、独自の契約書式を用いる場合でも、結果的に法定の16項目(実質15項目)が全て含まれていることが重要です。条文に忠実な契約書を作成することで、元請・下請間の情報格差による一方的な不利条項を避け、法令違反のリスクも回避できます。

おわりに

建設業法第19条は、民間の工事請負契約における契約内容の明確化と公正化を図るための重要な規定です。契約書への記載事項を法律どおりに整えることで、後日のトラブル防止だけでなく、発注者保護や下請業者の適正な利益確保にもつながります。行政書士など契約実務の専門家に相談しつつ、関連法令(建設業法施行令・施行規則や民法)や業界標準約款も踏まえて、適切な請負契約書を作成することが望ましいでしょう。法律に忠実な契約書づくりを徹底し、健全な建設業務の遂行と円滑な契約関係の構築に努めてください。