1 制度が生まれた背景
自筆証書遺言は費用ゼロで書ける反面、紛失・隠匿・改ざんのおそれや、死後に家庭裁判所の検認を経なければ実際に使えないという弱点がありました。こうした不安を解消するために創設されたのが、令和2年7月10日スタートの「自筆証書遺言書保管制度」です。遺言書を法務局で預かり、画像データでも保管することで改ざんリスクをなくし、検認も不要にする仕組みとして運用されています。
2 どこの法務局に持ち込めるか
遺言者本人が出向けるのは、
- 住所地
- 本籍地
- 所有不動産の所在地
を管轄する法務局(遺言書保管所)のいずれかです。代理申請はできず必ず本人が予約のうえ来庁しなければならない点が、公正証書遺言との大きな違いです。
3 申請までの流れ
- 遺言書を作成
本文・日付・氏名はすべて自筆。紙はA4 片面、ホッチキス止めや封入は不要です。財産目録だけはパソコン作成や通帳コピーの貼付も認められていますが、目録の各ページごとに署名押印を忘れないよう注意しましょう。 - 来庁予約
オンラインか電話で日時を決めます。 - 本人出頭
写真付き身分証と、本籍入り住民票などを持参し、遺言書を“封をせず”に提出します。職員は署名・押印・日付の有無など外形的な要件だけをチェックし、内容の当否までは審査しません。 - 保管証を受領
保管番号が印字された小さなカード状の書面が渡されます。再発行はしてもらえないため大切に保管しましょう。
4 必要な費用
- 保管申請料…1通3,900円(収入印紙)
- 生前閲覧料…モニター閲覧1回1,400円/原本閲覧1回1,700円
- 相続発生後の証明書…遺言書保管事実証明書1通800円、遺言書情報証明書1通1,400円
閲覧や証明書の請求は何度でも行えますが、その都度所定の手数料がかかります。
5 保管後にできること
- 内容の確認・撤回・再預け入れ
遺言者は予約を取ればいつでも閲覧や返却が可能です。書き直したいときは新しい遺言を作成し、改めて保管申請を行います。 - 相続発生後の手続き
相続人・受遺者・遺言執行者は、死亡を証する戸籍などを添えて証明書や閲覧を請求できます。原本を引き出すことはできませんが、証明書だけで相続登記や金融機関の名義変更等が行えるようになっています。
6 メリットと注意点
メリット
- 遺言書の所在が明確になり紛失・改ざんを防止
- 検認手続が不要で相続開始後の事務が迅速
- 保管料は一度払えば更新料なしでコストが低い
注意点
- 本人が書面を自筆できること、本人が法務局へ行けることが利用条件
- 書式の外形チェックしか受けられないため、遺留分や税務への配慮など内容面の有効性は自己責任
- 最新の遺言だけが効力を持つとは限らないため、古い遺言を撤回するか、最新分に「前の遺言は撤回する」と明記しておくと安全
7 行政書士が支援できる場面
- 遺言内容の法的チェックと文案整備
- 財産目録や付言事項の作成サポート
- 予約手続の代行や必要書類の事前確認
- 相続開始後の証明書請求や遺言執行支援
専門家のチェックを受けずに作成した遺言は、言葉の選び方ひとつでトラブルの火種になることがあります。形式は法務局でクリアできても、実効性を担保するには専門家によるレビューが欠かせません。
8 まとめ
法務局への自筆証書遺言書保管制度は、従来の「自宅保管の不安」と「公正証書のコスト」のちょうど中間に位置する便利な選択肢です。3,900円という低コストで検認手続を免れ、相続発生後の手続をスムーズにできる点は魅力的ですが、「本人が自筆できるうちに」「内容をきちんと練ってから」預けることが大前提。制度を上手に活用し、ご自身の想いを確実に次世代へ託しましょう。