日常生活からビジネスシーンに至るまで、私たちはさまざまな契約書に触れる機会があります。たとえば、アパートを借りる際の賃貸借契約書や、業務委託を結ぶ際の契約書、商品の売買契約書、夫婦間の誓約書や、示談書など、その種類は多岐にわたります。そしてこれらの契約書を締結するにあたっては、「法的効力があるから、違反するとトラブルになる」ということを耳にするでしょう。しかし、「法的効力」とは具体的にどのような働きを指すのでしょうか。本コラムでは、契約書における法的効力の内容や、その具体的な意味を詳しく解説していきます。
1.「法的効力」とは何か
1-1.権利・義務を生み出す作用
「法的効力」とは、当事者間に特定の権利や義務を生じさせる効力を指します。売買契約書を例に取ると、「売主は商品を渡す義務がある」「買主は代金を支払う義務がある」といったように、契約書の取り決めによって当事者がそれぞれの義務を負うことになります。
1-2.強制力を行使するための前提
法的効力をもつ契約に違反があった場合、最終的には裁判所で争い、判決を得たうえで強制執行が可能となる場合があります。つまり、契約書が単なる口約束と違うのは「裁判所を通じて強制力が働き得る」点です。ただし、これには一定の手続きや要件が必要であり、契約書が存在するだけで即座に相手の行動を強制できるわけではありません。
2.契約書の基礎―なぜ書面化する必要があるのか
2-1.口頭合意でも契約は成立し得る
日本の民法では、当事者の合意があれば契約は基本的に成立します。口頭の約束でも契約自体は成立し得るのですが、言った・言わないの争いを防ぎにくく、証拠力も弱いのが実情です。
2-2.合意内容を明確化し、トラブルを未然に回避
契約書にして文面化する最大のメリットは、当事者の合意内容を明確に残せるところにあります。契約の目的・範囲・金銭のやり取り・責任分担などを書面で示すことで、後々の誤解やトラブルを大幅に減らすことが可能です。万が一紛争となった場合にも、契約書があれば裁判所での立証が容易になります。
3.契約書に法的効力を持たせるためのポイント
3-1.公序良俗や強行法規に反しない
契約自由の原則があるとはいえ、法律や公序良俗に反する条項は無効とされます。消費者契約法や労働基準法などの強行規定を踏まえ、適切な内容で作成しなければ、せっかく契約書を作っても効力が否定されるリスクがあるのです。
3-2.合意内容の具体性・明確性
契約書の条項は、どのような義務・権利があるのかをできるだけはっきり書くことが重要です。抽象的な表現のままでは、「そこまで合意していない」「想定外だ」といった争いが起きやすくなります。
3-3.真意にもとづく意思表示
契約は、当事者の自由意思にもとづく合意が大前提です。詐欺や脅迫、錯誤(思い違い)などがあれば、後で契約無効や取り消しが認められる可能性があります。契約書を交わす際は、内容をしっかり理解し、納得したうえで署名押印することが大切です。
4.契約違反があった場合、どのような力が働くのか
4-1.履行請求・損害賠償請求
契約違反(債務不履行)が生じた場合、相手方に対して履行を求めたり、損害が生じていれば損害賠償を請求したりすることが基本的な手段となります。契約書に具体的な違反条項や損害賠償の定めがあれば、請求の根拠として活用しやすくなります。
4-2.契約解除
履行してもらえない義務が重大であったり、契約の目的が達成されないほどの違反があったりすれば、契約解除も検討されます。解除が認められれば、受け取った金銭や物品を原状回復する手続きに進むのが一般的です。
4-3.裁判所と強制執行
相手方が自主的に支払いなどに応じない場合、最後には裁判を提起して判決を得る必要があります。判決が確定すれば、給与や銀行口座の差押えなどの強制執行に進むことができるのです。ただし、これはあくまでも裁判所の手続きを経た上での話であり、契約書が存在するだけで相手の行動を直接強制できるわけではありません。
5.契約書があるだけで強制力が働くわけではない
5-1.「契約書=自動的な強制力」ではない
契約書があるからといって、相手の義務不履行に直ちに公権力が動くわけではありません。もし相手が支払いを拒否したり、引渡しを行わなかったりすれば、まずは話し合いによる解決を試み、折り合いがつかない場合は裁判手続きを利用するのが通常の流れです。
「契約書があるから大丈夫」と思っていても、実際には長い法的プロセスを踏む可能性があるため、契約交渉の段階からリスクヘッジが重要になります。
5-2.トラブル回避のための予防策
契約書単独では瞬時に義務を強制できない以上、そもそも相手が約束を果たさなくても済むような状態を作らないことが大切です。たとえば、初回納品時に一部前金をもらう、ペナルティ条項を設けておくなど、相手が契約違反しにくい仕組みを契約段階で整備しておくと、トラブル回避につながります。
また、取引先の信用調査を十分に行い、安易にリスクの高い契約を結ばない姿勢も欠かせません。
5-3.裁判所以外の解決方法
紛争が長期化することを避けたい場合、調停や仲裁機関を利用することも選択肢の一つです。契約書に「紛争が生じた場合には仲裁センターを利用する」などの条項を入れておけば、裁判よりもスピーディで柔軟な解決が期待できることがあります。
いずれにしても、契約書そのものが一発で強制力を行使するわけではなく、**解決手段として裁判所や仲裁機関を活用できるようになる「手がかり」**であることを認識しておきましょう。
6.それでも契約書を作成する意義
6-1.合意内容を立証する最も確実な方法
強制力を行使するにせよ、話し合いで穏便に解決するにせよ、「そもそもどのような約束をしていたのか」を明らかにする必要があります。その意味で、契約書は合意内容を証明する最も有効な手段です。
契約書がなければ、相手とどのような条件で合意していたかを証拠立てるのが難しく、トラブル発生後に立証が不十分で泣き寝入りするケースも少なくありません。
6-2.紛争の抑止効果
書面化された契約を交わしていると、当事者は「契約違反すれば法的手続きをとられる可能性がある」という事実を認識するため、相手が義務を履行しやすくなるという抑止効果が期待できます。双方が契約の重みを理解しているからこそ、実際の紛争発生を防げる可能性が高まるのです。
6-3.企業信用や社会的な信頼にもつながる
ビジネスでは、契約書を丁寧に取り交わす企業ほど「法令遵守の意識が高い」と評価されやすく、取引先や顧客からの信頼を得る要因にもなります。契約書は、単にトラブル予防のためだけでなく、企業の信用力を示す証拠としても機能するのです。
7.契約書作成に行政書士が関わる意義
行政書士は、法律書類の作成を専門とする国家資格者です。契約書に関しては、次のようなサポートを行います。
- リスクを踏まえた条項設計
- 当事者双方の事情や業種の慣習などを考慮して、将来起こり得るリスクを洗い出し、契約条項に反映します。
- 公序良俗・強行法規との整合性チェック
- 作成した契約書が法律の規定や公序良俗に反しないかを確認し、有効な条項構成となるよう助言します。
- わかりやすい説明と合意形成の補助
- 契約当事者が十分に理解・納得したうえで署名・押印できるよう、専門用語の解説や逐条説明を行うことも可能です。
弁護士と異なり、紛争になってからの訴訟代理は行えませんが、紛争を未然に防ぐ契約書づくりの面では行政書士の関与が非常に有効といえるでしょう。
8.まとめ―安心して取引を進めるために
契約書は、当事者同士の約束を文字に起こしたものであり、合意内容を立証するうえで最大級の証拠となります。しかし、契約書があるからといって、相手の義務不履行があったときに自動的に強制力が発揮されるわけではありません。強制力を行使するためには、紛争が深刻化した場合に裁判を起こしたり、必要に応じて強制執行手続きをとったりするプロセスを踏むことになるのです。
それでも契約書が重要なのは、正確な合意内容を残すことで紛争を防ぎ、相手にも誠実な履行を促す効果が高いからにほかなりません。契約交渉の段階からしっかりと内容を詰め、相手とも十分に協議した上で署名押印し、万が一紛争になっても適切に対応できる準備を整えておきましょう。