農地を含む土地を、買主が将来的に宅地などへ転用する目的で購入する場合、通常の不動産売買契約とは異なる注意が必要です。農地法や都市計画法、農業振興地域の制度、登記手続きといった関連法規制を踏まえ、契約書に特別な条項を盛り込んでおかなければ、後に重大なトラブルにつながるおそれがあります。本コラムでは、行政書士が契約書を作成する際に押さえておくべきポイントを、法令解釈を交えずに正確かつ網羅的に解説します。契約当事者双方の保護と円滑な取引実現のために、ぜひ参考にしてください。

1. 農地法の許可と売買契約の効力

農地法上の許可要件:農地を農地以外に転用する目的で売買する場合は、農地法第5条に基づく許可(または届出)が必要となります。これは、農地の所有権移転と転用を同時に行うケースに適用され、許可権者は原則として土地所在地の都道府県知事(農業委員会経由の申請)です。例えば、「畑や田」を宅地や駐車場に変えるために売買する場合が該当します。

許可取得前の契約は無効:農地法の厳しい規制により、必要な許可を得ずに農地付き土地の売買契約を締結しても、その契約自体が無効となります。加えて、無許可で転用を進めた場合には工事の中止命令や原状回復命令などの行政処分、さらには罰則適用の可能性もあります。したがって、契約書には**「農地法第5条の許可取得を前提とする」**旨を明記し、許可なくして売買の効力が生じないことを条項として規定する必要があります。

市街化区域内の届出制度:土地が都市計画法上の市街化区域(将来的に市街地として整備する区域)内にある農地の場合、農地法第5条の許可の代わりに届出で足りるケースがあります。この届出制度は地域によって異なりますが、市街化区域内農地の転用については許可不要とし、事前の行政届出だけで転用を認める特例です。ただし届出であっても、届出受理の手続きが完了するまで契約の本契約化は避けるべきです。許可の場合と同様に、届出が受理されたことを条件として契約の効力が発生するよう定め、無届けのまま所有権移転登記を進めることがないよう注意します。

2. 都市計画法・農業振興地域等の他法令の確認

都市計画法上の制限:農地が所在する地域の都市計画の区分も契約前に確認すべき重要事項です。特に市街化調整区域(市街化を抑制すべき区域)内の土地の場合、住宅建築などの開発行為には都市計画法に基づく**開発許可(都市計画法29条)**が別途必要となります。市街化調整区域では原則として新たな住宅開発が厳しく制限されており、立地基準に合致しないと許可が下りません。したがって、土地が調整区域に該当する場合は「開発許可の取得を停止条件とする」特約を契約書に必ず入れるようにします。この条項を盛り込むことで、万一開発許可が下りなかった場合でも契約を白紙解除でき、買主が「建築不可の土地を掴まされた」といった事態を防ぐことができます。

農業振興地域の農用地区域:売買対象地が農業振興地域の農用地区域(いわゆる「青地」)に指定されているか否かも重要なチェックポイントです。農用地区域内の農地は原則として農地以外への転用が認められません。転用するにはまず農業振興地域整備計画の変更(農振除外)手続きを経て、その区域から土地を外してもらう必要があります。農振除外には厳しい要件があり、申請から認可まで長期間を要することもあります。行政書士は事前に登記事項証明書や市町村の農業委員会で当該農地が農用地区域内かどうかを調査し、もし農用地区域に該当する場合には売買契約の締結自体を急がず、除外手続きの見通しを立ててから契約条件に反映させるべきです。どうしても契約を先行する場合は、「農業振興地域からの除外完了」を停止条件とする条項を付加し、除外ができなかった際には契約解除できるようにしておきます。

その他の関連法令:この他にも、物件に応じて関連する制度を確認しましょう。例えば、農地が土地改良区の区域内にある場合、転用に際して土地改良区から同意書や意見書を取得しなければならないことがあります。また、予定する用途によっては建築基準法や周辺環境に関する法令(景観法や文化財保護法等)の制限も考慮が必要です。行政書士はこれら他法令の許認可や届出の要否を事前に洗い出し、契約書に必要な特約として組み込むことで、後から「思わぬ法的障害で計画どおり利用できない」というリスクを減らすことができます。

3. 転用許可取得と契約手続きの進め方

停止条件付契約の活用:農地転用を前提とした売買では、許可取得を前提条件とする停止条件付契約とするのが一般的です。つまり、「○○許可が下りたときに初めて売買契約の効力が生じる」という形で契約書を作成します。これにより、許可取得前に売買代金の支払いや所有権移転を行うことを防ぎ、法令違反や金銭トラブルを避けられます。停止条件付契約とする場合でも、売主・買主は契約締結後に許可申請の準備を進め、許可が正式に降り次第、残代金の支払い物件の引き渡し所有権移転登記といった手続きを履行する流れです。

売買予約契約という選択肢:場合によっては、停止条件付の本契約ではなく**「売買の予約契約」**を締結する方法もあります。予約契約とは、将来一定の条件成就時に売買契約を締結することを約する契約です。たとえば「農地転用の許可がおりたら正式に売買契約を結ぶ」旨の予約を交わし、許可取得後に改めて本契約を締結する形です。この方法でも法的には最終的に許可取得後にしか本契約が成立しないため、無許可売買のリスクを回避できます。予約契約を採用するか、最初から停止条件付の本契約とするかはケースによりますが、重要なのは許可取得前に法的拘束力のある完全な売買契約としないことです。

手付金や中間金の扱い:契約手続き上、手付金の授受タイミングと扱いにも注意が必要です。停止条件付契約では、手付金を受け渡す場合でも「許可取得までは契約の効力が発生していない」状態ですから、契約解除となった際の返還方法を明確にしておかねばなりません。一般的には、農地転用許可が下りず契約が成立しなかった場合には手付金を無利息で買主に全額返還する旨を条項で定めておきます。また、許可取得後に本契約が有効成立した時点で手付金は売買代金の一部に充当し、残代金は許可がおりた日から○日以内に支払うといった取り決めをしておくと、支払い時期が明確になります。

仮登記の活用:許可取得まで期間が空く場合、買主の権利を保全する手段として所有権移転請求権の仮登記を行うケースもあります。仮登記をしておけば、許可待ちの間に第三者へ二重に売却されるリスクに備えることができます。ただし仮登記を行うには売主の協力が必要ですし、許可が下りなかった場合は仮登記を抹消する手続きも発生します。契約書に仮登記に関する取り決め(申請手続きや不許可時の抹消方法、費用負担など)を盛り込むことも検討しましょう。

4. 契約書に盛り込むべき主要条項

以上の観点を踏まえ、行政書士が作成する契約書には以下のような特約条項を盛り込むことが重要です。これらは通常の宅地売買契約にはない、農地付き土地取引特有の条項です。

  • 農地法第5条許可取得を停止条件とする条項:「本契約は、令和○年○月○日までに○○知事から農地法第5条の転用許可を買主が取得することを停止条件とし、当該条件が成就したときに効力を生ずるものとする。」
  • 都市計画法上の開発許可取得を条件とする条項(※該当する場合) … :「本物件が市街化調整区域内に所在することから、令和○年○月○日までに都市計画法に基づく開発許可を買主が取得できないときは本契約を白紙解除できるものとする。」
  • 許可申請・届出に関する協力義務条項:「売主および買主は農地転用許可申請(届出)手続きに相互に協力し、必要書類の提供および押印に誠実に応じるものとする。一方当事者が正当な理由なく協力しない場合、相手方は催告の上で本契約を解除できる。」
  • 不許可・不承認時の解除条項:「万一、農地転用の許可が不許可となった場合、または届出が受理されない場合は、本契約は当然に解除となり、売主は受領済みの手付金○○円を遅滞なく買主に返還する。双方は互いに何らの損害賠償請求を行わないものとする。」
  • 残代金支払時期の特約:「買主は停止条件成就後(許可取得後)○日以内に残代金○○円を売主に支払うものとし、売主は残代金の支払いと同時に所有権移転登記に必要な書類を買主に引き渡す。」
  • 所有権移転登記申請に関する条項:「売主および買主は、農地転用許可取得後直ちに所有権移転の登記申請手続きを行うものとし、双方協力して必要な申請書類を作成・提出する。」※法務局への登記申請は共同申請が原則であるため、協力義務を明記しておきます。
  • 地目変更手続きに関する合意 … (任意)農地を宅地に転用する場合、実際に造成・建築等が完了した段階で法務局に土地の地目変更登記を申請する必要があります。契約書上で「転用工事完了後は買主の負担と責任で速やかに地目を宅地へ変更する申請を行うこと」等と取り決めておくと、転用後の手続きがスムーズです。

これら条項を網羅することで、許可取得や他法令の手続きを前提とした取引で発生しうる不確定要素に対処できます。特約を明文化しておけば、許可が取れなかった場合の白紙解除や、協力しない相手方への対処について契約上の根拠が明確になり、紛争を未然に防止できます。

5. 登記手続き上の留意点

権利移転登記と許可証添付:農地を含む土地の所有権移転登記を申請する際には、農地法の許可証を添付する必要があります。法務局では許可の有無を厳格にチェックしますので、許可取得前に移転登記を試みても受理されません。行政書士は登記申請時に備え、契約書中で「許可取得後に遅滞なく移転登記申請を行う」ことと、売主の協力義務(登記済権利証の提供、印鑑証明書の交付など)を定めておきましょう。また、許可証明書は登記申請書類として提出後に法務局に原本を留置されますので、事前に複製(コピー)を取って保管しておく配慮も必要です。

仮登記から本登記への移行:前述のとおり、許可待ち期間に仮登記を入れていた場合は、許可取得後に本登記への移行手続きを行います。本登記申請の際、仮登記の権利者がそのまま所有権者となる形で登記されるため、他者への二重売買が行われていても買主が優先されます。契約書では「許可取得後○日以内に売主・買主は協力して本登記申請を行うこと」「仮登記後に許可未取得のまま本契約が解除となった場合の仮登記抹消手続き」などを取り決め、イレギュラー時の処理も明確にしておくと安心です。

転用後の表示変更登記:実際に農地を宅地等に転用し、建物の建築や造成が完了した際には、土地の地目を「宅地」に変更する表示登記を行います。これは所有権移転後の買主側の手続きになりますが、契約書に地目変更について触れておけば買主に注意喚起できます。行政書士として契約時に買主へ「地目変更登記を忘れると固定資産税など税額面で不利益が生じる可能性があります」と説明し、必要なら契約書の付言事項として記載する配慮も専門家らしいサービスと言えるでしょう。

6. まとめ

農地を含む土地の売買契約では、通常の不動産取引以上に慎重な契約書作成が求められます。農地法の許可なくして契約は成立せず、都市計画法や農業振興地域の制約を看過すれば計画どおりの利用ができないリスクがあります。行政書士は事前の調査と許認可手続きの知見を活かし、契約締結のタイミングや条項内容をコントロールすることが大切です。

契約書には停止条件付きの特約や協力義務条項など必要な事項を漏れなく盛り込み、当事者双方が安心して取引できる枠組みを整えましょう。また、許可取得前に安易に「とりあえず契約」を交わすことの危険性をクライアントに説明し、必要であれば許可取得まで契約を見合わせる判断も含めて提案するのが専門家としての役割です。適切な契約書と段取りで臨めば、許可取得から登記手続きまで滞りなく進行し、農地の円滑な宅地転用と所有権移転を実現できます。