近年、あらゆる業種でペーパーレス化が進み、契約の締結方法にも大きな変化が見られます。特に新型コロナウイルス感染拡大以降、テレワークやオンライン会議の普及とともに、電子契約や電子署名を利用して非対面で契約を結ぶ機会が格段に増えました。印紙税の負担がないことやスピーディに契約手続きを完了できることなど、多くのメリットが注目されている一方で、まだ実務として定着しきっていない企業や事業者にとっては、導入にあたっての不安や注意点も少なくありません。本稿では、行政書士として契約書を扱う立場から、電子契約および電子署名の基本的な仕組みとメリット、そして実務で押さえておきたいリスクや対応策を整理し、新時代の契約締結術について解説いたします。
1.電子契約とは
電子契約とは、紙媒体による契約書を取り交わすことなく、電子データ上で契約の合意を証明・記録する仕組みを指します。従来は当事者同士が物理的に署名や押印を行い、紙の契約書を作成するケースがほとんどでした。しかし近年はインターネットの普及と技術の進歩に伴い、電子契約サービスを提供するプラットフォームの登場により、書面に替わる電子的な合意の形式が広く実用化されています。
電子契約を成立させるためには、当事者同士が合意内容をオンライン上で確認し、電子署名や認証システムを用いて相互に承認することで、法律上の契約と同様の効力を得ることが可能です。日本においては「電子署名及び認証業務に関する法律」(電子署名法)をはじめ、各種法制度が整備されているため、適切な手続きに則って電子契約を締結すれば、紙の契約書と同等の効力が認められます。
2.電子署名の役割と種類
電子契約における電子署名は、契約に参加する当事者が「自らの意思で合意した」ことを証明する役割を担います。電子署名法では「電子署名が本人によって作成されたこと」および「改ざんされていないこと」を担保するための仕組みが重要視されています。電子署名には大きく分けて以下のような形態が存在します。
- 認証局発行型(公的個人認証など)
認証局と呼ばれる第三者機関が電子証明書を発行し、署名者の身元や署名の正当性を保証する方式です。高度のセキュリティを持ち、法的にも強い証拠力を有しています。 - サービス提供型(クラウド型)
電子契約サービス事業者が、ユーザーの本人確認を行いつつ電子署名に必要な仕組みを提供するものです。利用者はウェブ上で署名を行い、契約書のバージョン管理やタイムスタンプによる改ざん防止が行われます。 - 電子署名ツールの導入型
企業や組織が独自の電子署名ツールを導入して、自社システム内で電子署名を行うケースです。大量の契約書を扱う場合や機密情報の管理が重要な場合に導入が検討されることが多いです。
これらの電子署名を用いることで、誰がいつ・どのような内容に合意したのかを明確にし、契約書の真正性と当事者性を担保する仕組みができあがります。
3.電子契約・電子署名を導入するメリット
(1) コスト削減
電子契約を導入すると、紙の契約書を郵送したり製本したりするためのコストが大幅に減らせます。特に遠方との契約締結では、往復の郵送料や印紙税、さらには印刷代やファイリングにかかる手間や費用が削減されます。電子データで保管するため、契約書の保管スペースも不要です。
(2) 手続きの迅速化
紙ベースの契約では、契約書を用意して署名・押印を行い、相手先に送り返し、さらに返送されてきた書類を確認するという時間がかかります。電子契約の場合、システム上で合意と署名が完結できるため、手続きが格段にスピーディです。リモートワーク中でも即時に締結が可能なので、ビジネスチャンスを逃しにくくなります。
(3) リスク管理・証拠力向上
電子契約では、契約に署名した日時やIPアドレスなどが自動的に記録されることが多く、書面契約以上に詳細な署名・閲覧履歴を残すことができます。改ざん防止の仕組みが整っているサービスも多いため、万一紛争が生じた場合でも、契約合意の状況をデジタルデータとして示すことが可能です。これにより、将来的なトラブル防止に大きく役立ちます。
(4) 印紙税が不要
紙の契約書に課される印紙税は、契約類型や金額によっては相当額になることがあります。一方で電子契約では、データでのやり取りとなるため印紙税の課税対象外となり、事業者にとって大きな経費削減につながります。
4.導入にあたっての注意点
(1) 法的効力の確認
日本では、電子署名法や電子帳簿保存法など、電子契約に関連する法律が整備されており、基本的には紙と同等の効力が認められます。しかし、契約の種類によっては電子署名での対応が認められないケースや、第三者認証を要する場合があります。特殊な契約(公正証書や不動産登記にかかわる書類など)については、電子化の可否や法的要件を事前に確認する必要があります。
(2) 当事者の合意形成と社内規定
電子契約を導入する際には、相手方が電子契約に同意することが前提です。相手方が従来の紙ベースでの締結しか認めない方針の場合は、電子契約を強制するわけにはいきません。また、企業や組織によっては、社内規定や文書管理規定で紙の書面での保管が義務付けられている場合もあるため、これらを柔軟に見直す必要があります。
(3) セキュリティ対策
電子契約の利便性が高まるほど、情報漏えいやなりすましなどのリスクも想定されます。特に契約内容が機密情報に関わる場合、利用する電子契約サービスのセキュリティレベルや個人情報保護の仕組みを慎重にチェックしましょう。暗号化やアクセス管理、定期的なパスワード変更など、適切なセキュリティ対策を講じることが欠かせません。
(4) 署名の真正性・非改ざん性の確保
電子署名は、その使用者本人が署名したことを客観的に証明できる体制が重要です。サインが無効と判断されないためにも、利用するサービスが信頼できる認証局や第三者機関から電子証明書を取得しているか、時刻認証を確実に行っているかといった点を確認しましょう。万一訴訟や紛争が生じた際、電子署名の法的有効性が争点になる場合もあるため、導入時から適切なサービスを選定することが大切です。
5.実務面での活用ポイント
(1) 契約テンプレートの整備
電子契約を円滑に活用するためには、まずは自社や事業で頻繁に用いる契約書のひな形を整備しておくことが大切です。業務委託契約や秘密保持契約、売買契約など、よく使う書式をあらかじめ電子契約サービスにアップロードしておけば、契約相手の情報を入力するだけでスピーディに書類を作成できます。
(2) 契約管理システムとの連携
電子契約を使うことで、紙の書面をやり取りする手間は大きく削減できます。ただし、契約締結後の管理や更新時期の把握、解約手続きなど、周辺業務がなくなるわけではありません。そこで契約管理システムや顧客管理システム(CRM)と連携させることで、契約のライフサイクルを一元的に管理し、更新漏れやリスク管理を徹底することが可能です。
(3) 他社・取引先への導入説明
電子契約を自社で導入しても、取引先や顧客が電子化に抵抗を示すケースがあります。こうした場合には、電子契約を導入する意図やメリット、セキュリティ上の安全性などを分かりやすく説明することが重要です。ビジネスパートナーにとっても、印紙税の削減や手続きの簡便さなどメリットがあることを具体的に示すことで協力を得やすくなります。
(4) データ保管ルールとバックアップ
電子契約書はデータで保管するため、機器の不具合やシステム障害が起きたときのリスク管理が不可欠です。クラウド型の電子契約サービスではバックアップ体制が整っていることが多いものの、自社でのダウンロード保存や定期的なバックアップなど、万が一に備えた運用ルールを策定しておくことが望ましいでしょう。
6.今後の展望とまとめ
デジタルトランスフォーメーション(DX)の流れがますます加速する中、電子契約・電子署名はビジネスシーンで欠かせないインフラへと成長しています。政府の電子政府化推進や企業の業務効率化への意識の高まりによって、今後はさらに電子契約が普及し、業種や取引規模を問わず標準的な契約手段となるでしょう。実際、電子契約プラットフォーム各社も機能の拡充を図り、より使いやすく、より安全なサービスを提供する方向に進化を続けています。
一方で、電子契約にはセキュリティ・法的要件・社内外の合意形成といった課題も伴います。スムーズな導入のためには、サービスの選定や適切な運用ルールの整備、そして利害関係者への説明が欠かせません。導入後も定期的に運用状況を見直し、法改正や最新の技術動向に対応していく必要があります。
契約書作成を業務としている行政書士にとっても、電子契約はクライアントのビジネスの発展を支える有力なツールです。紙からデジタルへと移行する時代において、法的リスクを回避しつつ効率的な契約締結をサポートできる専門家の存在は、これまで以上に重要といえるでしょう。紙の契約に代わる新たな契約締結術として、ぜひ電子契約・電子署名のメリットとリスクを十分に理解し、上手に活用してみてください。