近年、「婚前契約書」という言葉が少しずつ日本でも認知され始めています。欧米ではプリナップ(Prenuptial Agreement)として一般的に利用されていますが、日本ではまだまだ少数派であり、その性質や法的効力を十分に理解していないカップルも多いのが現状です。しかしながら、財産や収入の管理方法、結婚後の生活費負担、離婚時の財産分与など、さまざまな将来のリスクや不安を軽減する手段として、「あらかじめルールを定めておく」意義は決して小さくありません。

とはいえ、いざパートナーから婚前契約書を提示されたとき、その内容に納得がいかなかったり、そもそも契約の必要性を疑問に感じたりする方も多いのではないでしょうか。本コラムでは、「パートナーから納得できない婚前契約書を提示された場合、どのように対応すれば良いのか」をテーマに、実務経験を持つ行政書士の視点から解説いたします。


1.婚前契約書とは何か

1-1.婚前契約書の基本概念

婚前契約書は、結婚する当事者同士が結婚後の財産管理や生活のルールを文書化しておく契約書です。欧米では長らく利用され、離婚時に財産を巡って長期的な争いを回避するためのツールとして知られています。日本でも民法上の「夫婦財産契約」という仕組みがあり、結婚前に財産管理・分与の方法を約束し、公正証書として残すことで一定の法的効力を持たせることが可能です。

1-2.婚前契約書に盛り込まれる主な内容

婚前契約書に記載される主な項目は、一般的に次のようなものが挙げられます。

  • 財産の帰属
    結婚前から所有している財産や、将来獲得する財産をどのように扱うか
  • 生活費の負担割合
    夫婦それぞれがどの程度生活費を負担するか
  • 異性関係の問題発生時の取り決め
    浮気や不貞行為があった場合のペナルティをどうするか
  • 離婚時の財産分与や慰謝料
    万が一離婚に至った場合に備えて取り決めておく

これらの点を事前に合意しておくことで、将来的なトラブルをできる限り減らすのが婚前契約書の目的です。しかし、契約書の内容によっては一方的に相手を拘束するような条項が含まれる場合もあり、それが受け入れ難いものであれば、慎重に再検討する必要があるでしょう。


2.パートナーから提示された契約書に納得できない理由は?

2-1.感情的抵抗や不快感

「結婚は二人の愛情や信頼が大前提なのに、お金の話ばかりするのは味気ない」「将来の離婚を想定するなんて失礼」という感情的な抵抗があるケースは少なくありません。特に日本では「お金の話=タブー」と捉えられる傾向が強いため、婚前契約書という存在自体に違和感を覚える人も多いでしょう。

2-2.自分に不利な条項がある

例えば、家事や育児は一切請求されるのに財産分与や相続に関する取り決めが曖昧、あるいは一方的にパートナーだけがメリットを享受するような規定が盛り込まれているなど、自分にとって著しく不利な内容が契約書に含まれている場合があります。このような場合、法的に無効となる可能性もありますが、まずは「相手がなぜそうした条件を提示しているのか」を冷静に確認することが大事です。

2-3.法律的に問題がありそう

婚前契約書の法的効力は、公正証書として作成すれば一定の拘束力を持つとされています。しかし、公序良俗(公の秩序や善良の風俗)に反する条項や、片方の当事者の意思を著しく害するような条項は、無効となる可能性があります。素人が独自に作成した契約書の場合、そもそも法的に有効かどうか疑わしい内容が含まれていることもあり、「こんな条項、本当に意味があるの?」と不安になる方もいるでしょう。


3.納得できない婚前契約書を提示されたときの対応ステップ

3-1.まずは冷静に「相手の意図」を確認する

パートナーが婚前契約書を用意した背景には、さまざまな事情があるかもしれません。家族から強く勧められた、あるいは過去の恋愛や離婚で大きなトラブルを経験した、など。その意図や価値観を理解する努力をせずに、ただ「失礼だ」「そんな契約は不要だ」と感情的に否定してしまうと、夫婦関係の将来に深刻な溝が生まれる可能性もあります。

まずは「なぜこのような条件を希望するのか」「どの部分が重要で、どの部分は譲歩可能なのか」など、相手の考えや事情を丁寧に聞くことから始めてみてください。

3-2.契約書の内容を正確に把握し、疑問点を整理する

契約書を提示されたら、内容をじっくり読み込み、理解できない部分や疑問に思う点をリスト化しましょう。専門用語や法律用語が含まれている場合もあるため、不明瞭な箇所は質問して確認することが大切です。可能であれば、行政書士や弁護士などの専門家に相談して、法的問題点やリスクを指摘してもらうのが望ましいといえます。

3-3.自分の希望や譲れないラインをまとめる

提示された契約書に対し、自分はどのように対応したいか、譲歩できる点絶対に譲れない点を明確にしておくことも重要です。たとえば、「生活費の負担割合は納得できるが、離婚時の慰謝料額については大幅に見直してほしい」など、契約条項ごとに自分の意見を整理しておきます。

3-4.交渉や再提案を行う

相手の意図を理解し、自分の希望や懸念事項をまとめたら、落としどころを探るための交渉を行いましょう。婚前契約書はあくまで二人の合意があって初めて成立するものです。一方的に押し付けられるものではなく、対等な立場で話し合い、「お互いが納得できる」内容に落ち着かせる必要があります。

  • 交渉ポイントの例
    • 財産分与の取り決めについて、上限や下限を再設定する
    • 生活費負担の具体的な計算方法を明示し、状況の変化に応じて見直す条項を入れる
    • 契約期間や見直し時期を設定し、数年ごとに再協議できるようにする

交渉が平行線をたどる場合は、第三者(専門家)を間に入れて調整してもらうのも一つの方法です。

3-5.納得できない場合は無理に契約しない

お互いに納得できない場合は、無理に契約することはしないようにしましょう。
今後の人生に大きな影響を与える可能性があるため、お互いに納得がいかない場合は、関係性を見直す必要があるかもしれません。

4.専門家(行政書士・弁護士)に相談すべきメリット

4-1.法的リスクの明確化

提示された婚前契約書の条項が公序良俗に反していないか、あるいは一方的過ぎて将来無効になり得るかなど、法律的なリスクを専門家が客観的に洗い出してくれます。契約書が有効に機能しない場合、結局はトラブルが拡大する可能性が高いため、事前にこうしたリスクを把握することは非常に重要です。

4-2.第三者的アドバイス

「自分たちだけで話し合おうとすると、感情が先に立ってしまい、交渉がうまく進まない」というケースは多々あります。そんなとき、行政書士や弁護士が中立的な立場で意見調整をサポートすると、冷静に合意点を探しやすくなるでしょう。また、専門家ならではの実務経験を踏まえたアドバイスが期待できます。

4-3.正式な書面化と手続き

婚前契約書には公正証書の形を採る方法が推奨されています。これは、契約の存在や内容を公的機関が確認する仕組みであり、将来的に契約の真正性をめぐる争いが起きにくくなるというメリットがあります。公正証書の作成にあたっては、公証役場との打ち合わせや書類準備など手間がかかるため、専門家を通じてスムーズに手続きを進めるのが一般的です。


5.具体的な事例と注意点

5-1.財産分与だけに偏った契約

高額の財産を所有しているパートナーが、「自分が結婚前から持っている財産は絶対に分与しない」「婚姻期間中に得た収入も原則として相手には渡さない」と一方的に規定する契約は、後々無効や一部修正と判断される可能性があります。日本の法律では、夫婦が婚姻中に協力して得た財産は「夫婦共有財産」とみなすのが原則であり、あまりに偏った条文は公序良俗に反すると見なされるおそれがあります。

5-2.家事・育児の負担割合を具体的に定める

婚前契約書で家事や育児の分担にまで言及するケースもあるでしょう。ただし、これらは実際の生活環境や夫婦の心身状況によって変化するものでもあります。そのため、厳密に数字を決めすぎると、変化への柔軟な対応ができずに息苦しさを感じるかもしれません。契約書には「定期的に話し合いを行い、見直しができる」旨の再協議条項を入れるなど、柔軟な仕組みを設けておくことが重要です。

5-3.結婚生活におけるルール全般を含む

「週末は必ず実家に帰省する」「休日は双方の両親の面倒をみる」など、生活習慣や家族関係にまで細かいルールを盛り込んだ婚前契約書も世の中には存在します。しかし、こうしたプライベートな事項をすべて拘束力のある契約条項に落とし込むことには無理がある場合も多いでしょう。あまりに広範・詳細な取り決めは現実的でないだけでなく、法的に有効性が疑わしいケースもあります。


6.まとめと今後の展望

婚前契約書は、夫婦としての未来を見据え、**お互いが納得のうえで作り上げる「二人だけのルール」**といえます。適切に作成・合意されれば、後々の紛争を回避し、夫婦関係を安定させる効果が期待できます。しかし、一方的に提示された内容が納得できない場合、無理に署名押印するべきではありません。

  1. まずは相手の意図や背景を理解する努力をすること
  2. 疑問点を整理し、専門家の助言を得ながら交渉や修正を重ねること
  3. 納得がいかない場合は無理に契約をしないこと

これらを踏まえて、婚前契約書を円満に取り扱うことが大切です。もしパートナーから提示された契約書の内容に違和感や不安を覚えた場合は、ぜひ行政書士や弁護士といった専門家に相談し、客観的なアドバイスを得ることを強くおすすめします。