不倫・浮気が発覚した場合、当事者間で金銭の支払いや今後の対応について話し合い、示談書(合意書)を作成するケースがあります。配偶者からすると「二度と会わないでほしい」「不倫相手に慰謝料を払ってもらいたい」と考える一方、不倫相手としては「もう関わりたくないから早く解決したい」という心理が働くことが多いでしょう。しかし、示談書の内容によっては、公序良俗(社会の秩序や善良の風俗)に反するとみなされ、無効化される危険性があります。本コラムでは、不倫相手との示談書を作成する際に注意すべき公序良俗違反になりやすい条項や、その回避のポイントを行政書士の視点から解説いたします。


1.示談書が果たす役割

1-1.金銭的・心理的トラブルの収束

不倫が表面化すると、当事者間で激しい感情のぶつかり合いが起きることが少なくありません。慰謝料や今後の接触可否などについて話し合う際、口頭だけでは約束があいまいになってしまい、さらなる紛争を招きかねません。そこで、示談書(合意書)を作成して「当事者同士が納得した条件」を文書に残し、お互いが法的に一定の拘束力を認め合うことで、トラブルを早期に収める効果が期待できます。

1-2.将来的な紛争防止

示談書は、不倫相手とのトラブルを一度きりで終わらせるために作成する文書です。書面化しておけば、のちに「言った・言わない」の争いを防ぎ、再度の紛争を抑止する手段となります。ただし、この示談書の内容が公序良俗に反したり、法令違反の疑いを持たれたりした場合、無効になるリスクがあるため、細心の注意を払う必要があります。


2.公序良俗違反とは

2-1.法律の基本原則としての公序良俗

日本の民法では「公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は無効」と定められています(民法90条)。これは、契約や示談書のような「当事者間の合意された行為」であっても、社会の基本的秩序に反する内容であれば、法的に認められないという意味です。不倫の示談書も例外ではなく、合意内容の一部または全部が無効と判断される可能性があります。

2-2.不倫トラブル特有の注意点

不倫は本来「夫婦の貞操義務」に反する行為ですが、そのこと自体は直ちに示談内容が公序良俗違反になるわけではありません。しかし、不倫をやめさせる目的で作成した示談書に、あまりにも過度な制限や強制力のある条項を盛り込むと、当事者の人格権や行動の自由を著しく制限するため、公序良俗違反とみなされるリスクが高まります。


3.公序良俗違反になりやすい条項の例

3-1.過度に高額な違約金や慰謝料

不倫トラブルの示談書で多いのが「もし今後一度でも会った場合、○○円の違約金を支払う」という条項です。一定の違約金は抑止力として有効ですが、その金額が不合理に高額である場合、裁判所で公序良俗に反すると判断される可能性があります。たとえば、実際の精神的苦痛や損害の程度を大きく超えるような金額を設定すると「暴利行為」とみなされ、無効化されるリスクが高いです。

3-2.身動きを徹底的に監視・制限する規定

「行動の自由」を過度に奪うような条項も公序良俗に反する恐れがあります。たとえば、「毎日必ず位置情報を共有し、不倫相手以外の異性とも一切連絡を取ってはならない」など、個人のプライバシーを極端に制限する規定は問題視されやすいです。夫婦関係を修復するための措置として検討されることがあるかもしれませんが、法的に見れば不当な制限と判断される可能性が高いでしょう。

3-3.人権を侵害するような強要・脅迫

示談書の締結が当事者の自由意思によらない形(脅迫・強要など)でなされている場合、そもそも合意そのものが無効となる場合があります。具体的には、「示談に応じなければ勤務先に不倫をバラす」「家族や親戚に話を広める」といった脅しに近い言動は、強要行為として違法性を帯びやすく、合意を得ても公序良俗違反で無効とされるリスクが高まります。

3-4.反社会的行為や犯罪行為を包含する条項

極端な例ですが、不倫の清算に関して「特定の個人に暴力を加えることを黙認する」などの条項が含まれる場合は、もちろん違法・無効です。また、浮気相手からの支払いを確保するために違法な取り立て行為を認めるような内容も公序良俗に反すると判断されやすいです。社会通念上受容できない要素があれば、合意は無効扱いとなる可能性があります。


4.無効な条項があった場合のリスク

4-1.示談書全体が無効扱いになる可能性

公序良俗に反する条項が示談書の中核部分を占めている場合、示談書そのものが無効になるリスクがあります。そうなると、折角交わした合意が法的効力を失い、後で相手から「示談書は無効です」と主張される恐れが生じるのです。

4-2.慰謝料の請求根拠を失うリスク

不倫相手に一度承諾させた慰謝料や和解金であっても、公序良俗違反の要素が濃い場合、その支払い義務自体が否定される可能性があります。示談金を請求したい側にとっては大きな打撃となりかねません。

4-3.逆に損害賠償を請求されるリスクも

合意を得る過程で脅迫や強要があったと認定されれば、不倫相手から逆に損害賠償を求められる事態も考えられます。不倫された被害者側としては、「自分は被害を受けたのだから強く出てもいい」と思いがちですが、法的には常に正当化されるわけではない点に注意が必要です。


5.公序良俗違反を回避するためのポイント

5-1.適正な慰謝料・違約金の範囲に収める

実際の損害や不倫の経緯を踏まえ、相場や判例を参考にしながら「社会通念上妥当な金額」に設定することが大切です。相場を大幅に逸脱する多額の違約金を要求すると、裁判になった際に大幅に減額されるか、無効判定を受ける可能性が高まります。過度に感情に流されず、合理的な金額を検討する姿勢が求められます。

5-2.個人の基本的権利を侵害しすぎない

不倫問題を解決するために、不倫相手や配偶者を極端に束縛・監視する方法を取りたくなるかもしれませんが、法的には非常に危ういです。誓約の範囲が相当かつ必要最低限であることを心がけ、「一定期間接触禁止」「連絡を取らない」といった程度の抑制に留めるのが無難でしょう。

5-3.自由な意思による合意を重視

示談書を作成する過程で、不倫相手を脅すような言動をとってしまうと、合意自体が問題視されます。あくまで相手方の自由意思による署名・押印であることが重要です。過度な威圧や脅迫がないよう留意し、納得できるまで時間をかけて合意内容をすり合わせましょう。

5-4.専門家のアドバイスを受ける

不倫トラブルは感情的になりやすく、当事者同士では冷静な合意形成が難しい場合が多々あります。行政書士や弁護士といった専門家に相談すれば、公序良俗違反や法的リスクを回避した示談書を作成するサポートを受けられます。書面化の段階から専門家を交えることで、後々の無効リスクを最小限に抑えられるでしょう。


6.行政書士が果たす役割

6-1.示談書の文案作成・リーガルチェック

行政書士は、法律文書作成のスペシャリストとして示談書の草案作成をサポートします。公序良俗に抵触する可能性がある条項や、過度な制限事項が含まれていないかをチェックし、当事者間の合意を的確に反映した文書を整備することが可能です。

6-2.適切な手続き・合意形成のサポート

当事者だけで話し合うと感情が先立ち、強硬な要求を盛り込みがちです。行政書士が間に入り、両者の意見を客観的に取りまとめることで、公序良俗違反のリスクを下げつつ、円満な合意形成を導くサポートを期待できます。

6-3.他の専門家との連携

示談書の作成後に、なおトラブルが深刻化し、裁判へ移行する可能性がある場合には弁護士の出番となります。行政書士は、必要に応じて弁護士や司法書士など他の専門家と連携する体制を整え、依頼者の状況に合わせた最適な対応ができるようフォローすることも大切な役割です。


7.まとめ

不倫相手との示談書は、夫婦間の不倫トラブルを迅速に解決する有効な手段となり得ます。しかし、そこに盛り込む条項が過度に高額な違約金を要求したり、相手の行動を徹底的に監視・制限するような内容であれば、公序良俗に反する可能性が高まります。もし示談書が無効と判断されてしまうと、せっかくの合意が形骸化し、逆に追加のトラブルを招くリスクさえあります。

重要なのは、「社会通念上妥当か」「当事者の自由意思にもとづく合意か」「強要や脅迫の要素はないか」といった観点を常に意識しながら示談内容を検討することです。特に感情が激しくぶつかり合う不倫問題では、冷静さを欠いて極端な取り決めをしがちですから、行政書士や弁護士など専門家の知見を取り入れることが大いに役立ちます。