生成AI(文章生成AIや画像生成AIなど)のビジネス活用が急速に広がる中、外部の業者に業務を委託する際にAI利用を前提とした契約を結ぶケースが増えています。AIによる効率化メリットがある一方で、契約書に適切な条項を盛り込まなければ、著作権・個人情報保護・民法などに起因するリスクが顕在化しかねません。ここでは、行政書士の視点から生成AI活用時に注意すべき契約書上のポイントを専門的かつ実務的に解説します。
1.AI利用範囲の明確化
まず契約書冒頭でAI技術の利用範囲を定義・明示します。具体的には、「本業務において委託者(発注者)の許諾を得た生成AIツールを業務遂行に使用できる」旨や、その対象業務部分を記載します。こうした定義条項を設けることで、後々「どこまでAIに任せてよいか」の認識齟齬を防ぎます。また、AIを使用する場合でも受託者(委託先)の責任は軽減されないことを明記し、成果物の品質や納期遵守について通常業務と同等の責任を負う旨を規定しておくと安心です。必要に応じて「AIを用いる場合は事前に書面報告する」「利用するAIの種類を限定する」といった条件も付与し、AI利用の可否・条件を契約上はっきりさせましょう。
2.機密情報・個人データの取扱い
委託業務で扱う情報に機密情報や個人情報が含まれる場合、秘密保持義務および個人情報保護に関する条項を厳格に定める必要があります。生成AIへの入力(プロンプト)として契約内容や顧客データ等をそのまま送信すると、第三者(AI提供者)への情報提供とみなされかねません。契約書には、受託者が委託者から提供された情報を無断で第三者(クラウドAIサービス含む)に開示・提供しないこと、特に個人データは入力前に特定個人を識別できない形式へ加工(匿名化)するか、事前に委託者の許可を得ることを義務づけます。
日本の個人情報保護法では、個人データを第三者に提供するには原則として本人同意が必要であり(同法第27条)、海外にデータを移転する場合も追加の規制があります(同法第28条のいわゆる越境移転規制)。このため、例えば生成AIのサーバが海外にある場合には、契約書で受託者に対し「個人情報を含むデータを国外のAIサービスに入力しない」「やむを得ず入力する場合は事前に委託者へ通知し指示を仰ぐ」旨を定めておくと良いでしょう。また、委託者から提供された営業秘密やノウハウについても、不正競争防止法上の営業秘密に該当する可能性があるため(例えば学習データやプロンプトそのものが秘密情報たり得ます)、契約上目的外利用の禁止や契約終了時のデータ返還・消去義務を規定し、情報漏えいや二次利用を防止します。
3.インプットデータの権利処理
受託者が業務遂行のためにAIへ入力するデータ(インプット)について、その権利関係も確認・整理しておきます。まず、委託者から支給される素材(テキストや画像など)がある場合、契約書で当該素材の利用許諾範囲を明記し、「本契約業務の目的のみに使用する」こと、およびAIの学習目的で二次利用しないことを約束させます。委託者側も、自社提供素材について第三者の知的財産権を侵害していないことを保証する条項を設けるケースがあります(例えば提供するデータに盗用がないことの保証)。一方、受託者が独自に収集した第三者コンテンツをAIにインプットする場合、そのデータ利用が著作権法上適法か注意が必要です。日本法では、著作物を情報解析の目的で利用する場合に限り、一定の要件下で権利者の許諾なく利用できるとされています(著作権法第30条の4第2号)。ただし、この規定も権利者の正当な利益を不当に害しないことが前提条件です。契約実務としては、AIへのインプットに他社の文章や画像を利用する際は公開情報の一部引用程度に留める、可能であればオープンライセンス素材を用いるなど安全策を講じるよう受託者に求めます。契約書にも「受託者はインプットデータの取得・利用につき適法な手段により権利処理を行うものとする」といった包括的な条項を入れておけば、万一無断利用が発覚した場合の契約違反根拠になります。
4.成果物の知的財産権の帰属
AIを活用して作成された成果物(アウトプット)について、著作権等の権利帰属を明確に定めることは契約書作成上の必須事項です。通常の業務委託契約と同様に、「本契約に基づき作成された文章・画像等の成果物に関する一切の知的財産権は委託者に帰属する」旨の条項を置き、必要に応じて著作者人格権不行使の合意(クリエイターがいる場合)も盛り込みます。生成AIを用いた成果物の場合、人の創作的関与が希薄であると法律上「著作物」にならない可能性も指摘されています(著作権法上、保護される著作物とは人の思想又は感情の創作的表現と解されています)。仮に著作権が発生しないアウトプットであっても、契約上「成果物を委託者が自由に利用できる」ことを保証させておけば、少なくとも契約当事者間では利用権限が明確になります。
また、成果物に関する権利処理では二次利用の可否も論点です。例えば受託者がAI生成物(ドラフト文章や画像素材)を別の案件に流用することを防ぐため、契約書に「受託者は本成果物およびその類似物を第三者業務で使用しないこと」を規定できます。逆に委託者側で生成物を改変・商用利用する予定があるなら、その範囲も明記しておくと後々の紛争予防に有益です。要するに、AIが絡む場合でも成果物の取り扱いは通常の制作物と同様、もしくはそれ以上に詳細に定め、著作権やノウハウの帰属先を契約で確定させることが重要です。
5.成果物の品質保証と検収プロセス
生成AIは便利な反面、出力内容の正確性や品質のばらつきといった課題があります。そこで契約書には、受託者に対し成果物の品質保証を課す条項を設けます。具体的には「受託者は成果物につき瑕疵なきこと(契約上の仕様・水準を満たすこと)を保証し、納品後一定期間内に不備が判明した場合は無償で修補する」と規定します。民法上も請負契約では成果物の契約不適合責任(旧来の瑕疵担保責任)を負うため、AIを使った場合でも人手による検品・校正を経て契約仕様に適合させる義務があると明記しておくと安心です。
あわせて、検収(成果物の受領確認)手続を取り決めることもポイントです。納品物を受領した委託者が一定期間(例:10営業日)内に検査し、不具合や要求未達箇所を指摘できる旨を定めます。この期間内に是正要請がなければ成果物を承諾(検収完了)したものとみなす、といったプロセスを定義することで、無限に手直し要求が続く事態を防止できます。特にAI生成物は完成度を巡って主観が分かれる場合もありますので、「合格基準(例:◯◯の法令に適合し誤記がないこと)」を予め契約書で共有し、客観的な検収基準を設定しておくと良いでしょう。
6.第三者権利の不侵害保証
AIの活用によって生み出された成果物が第三者の権利を侵害しないことも、契約上しっかり保証させる必要があります。例えば、生成AIが学習データに由来する既存の文章や画像に酷似したコンテンツを出力した場合、元の著作権者から著作権侵害を主張されるリスクがあります。また、生成された画像に実在の人物の風貌が偶然写り込んだり、有名キャラクターに酷似したデザインが含まれたりすれば、肖像権やパブリシティ権、商標権等の問題も生じかねません。さらにテキスト生成AIが事実と異なる記述(虚偽や誹謗中傷にあたる内容)を出力してしまった場合、名誉毀損やプライバシー侵害となる恐れもあります。
こうした事態に備え、契約書には受託者による保証義務を規定します。典型的には「受託者は本成果物が第三者の知的財産権、プライバシーその他一切の権利を侵害しないこと、及び法令に適合することを保証する」といった包括的文言を置きます。万一この保証に反して問題が発生した場合には、受託者が速やかに権利侵害状態を解消し、必要に応じて成果物の差替えや是正措置を取ることも契約で約束させます。こうした不侵害保証と是正義務を明文化しておけば、万一トラブル発生時にも契約に基づき受託者へ適切な対応を求めやすくなります。
7.損害賠償責任と免責事項
AI利用に関連して予想外の損害が生じた場合の責任範囲についても、契約書で明確にしておきましょう。基本的には受託者の債務不履行や保証違反により委託者に損害が発生した場合、受託者はその損害を賠償する責任を負います(民法の原則)。もっとも、契約実務上はリスクに上限を設けることが一般的です。例えば「受託者の賠償責任は、直接かつ通常の損害に限り、かつ過去◯ヶ月分の支払額を上限とする」等の限度額設定条項を置くケースが多いです。ただし、個人情報漏えいや重大な著作権侵害など社会的影響の大きい事故については上限を設けず無制限責任とする、あるいは別枠の高い上限額を適用するといった二層構造も検討されます。
加えて、契約書には免責条項も定めます。典型例として「但し受託者に故意または重過失がある場合はこの限りでない(免責の適用除外)」とし、悪質な違反まで免責されないようにしておきます。また、AIサービス提供者側の障害など受託者の支配が及ばない原因で業務が遅延・不能となった場合に備え、「不可抗力条項」を設けて一定の免責を認めることもあります。ただし不可抗力といえども、受託者は速やかな復旧・代替策の実施義務を負う旨を規定し、委託者への影響を最小限に止める配慮も忘れないようにします。
まとめ
生成AI活用を織り込んだ業務委託契約では、「知的財産の処理」「機密・個人情報の保護」「品質管理と責任分担」という三つの柱が特に重要です。契約書を十分に作り込まなければ、
- AIが生成したコンテンツを巡る著作権トラブルや第三者からのクレーム
- 機密データ・個人データのAI経由漏えいによる法令違反や損害賠償
といった問題が発生しかねません。
行政書士は、契約当事者からヒアリングした業務内容やAI利用方法に応じて、「権利関係の明確化」「情報保護と法令遵守」「責任範囲とリスク分担」を軸に契約条項をカスタマイズ設計します。生成AIの利活用に伴うリスクを低減し、ビジネスのメリットを最大化するためにも、ぜひ契約締結の早い段階で契約書作成の専門家にご相談ください。