副業や独立起業への関心が高まり、これから開業する人や副業を始めたい人を顧客とするビジネスが広がっています。起業塾やオンラインスクール、ツールやノウハウの提供、コンサルティングなどが典型です。こうしたサービスを設計・提供する事業者にとって見落とされがちなのが、顧客の多くが「事業者」と「消費者」の境界に立つ層――いわば「消費者的事業者」だという事実です。この視点が抜け落ちると、特定商取引法や消費者契約法によるリスクを大きく見誤ることになります。本コラムでは、契約書作成を専門とする立場から、この視点を軸に注意点を整理します。
1.「消費者的事業者」とは何か
ここでいう「消費者的事業者」とは、法律上の用語ではありませんが、開業したばかりの個人や、これから副業・起業に踏み出そうとする個人など、形式上は事業者として契約する場合であっても、実質的には消費者に近い立場にある者を説明するための便宜的な表現です。消費者保護の実務では、こうした立場を意識することがひとつの重要な視点になっています。
その背景にあるのは、保護の要否を「肩書き」ではなく「実質」で判断する流れです。たとえば消費者契約法は、「消費者」を、事業として又は事業のために契約の当事者となる場合を除いた個人と定義しています(第2条)。これは名目ではなく契約の目的や実態から判断されるもので、契約の内容によっては、事業者の名目で契約している個人でも、消費者契約法上の「消費者」に該当する場合があると考えられています。近年は、立場の弱い個人を保護する動きが各所で強まっており、令和6年11月に施行されたフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)も、規律する場面は取引委託の関係であって本コラムの売買の場面とは軸が異なるものの、個人の受け手を保護するという同じ発想に立っています。売り手の側から見れば、「相手は事業者だから」と一括りにする姿勢そのものが危ういのです。
2.適用除外は「習熟性」で判断される――令和6年通達
特商法は、訪問販売・通信販売・電話勧誘販売について、購入者が「営業のために若しくは営業として」締結する契約を適用除外としています(第26条第1項第1号)。この規定を根拠に、「事業者向けなら特商法は関係ない」と説明されることがあります。しかし、まさにこの適用除外こそ、消費者的事業者の視点が問われる場面です。
令和6年11月19日付けで消費者庁・経済産業省が示した通達は、この除外を限定的にとらえる立場を明確にしました。除外されるのは契約の目的・内容が営業のためのものである場合であって、相手が事業者や法人だからといって一律に外れるわけではない、というのが要点です。たとえ事業者名義の契約でも、実質が個人用・家庭用であれば原則として規定が適用され、事業実態のほとんどない零細事業者も保護の対象になり得ます。
さらに重要なのは、相手に「お金を稼ぎたい」という意思があっても、それだけでは「営業として」には当たらないと明言された点です。該当するかどうかは、取引の種類、行おうとする利益活動との関連性、必要な設備を準備しているかといった事情を踏まえ、その人が当該取引に習熟しているといえるかを総合的に判断するとされました。情報商材を例に、内容が一般的でない、社会通念上まだ事業といえる実態がない、設備も整っていない、といった事情があれば習熟しているとはいえず、適用除外に当たらない――つまり消費者として保護されるという考え方が示されています。これから開業・副業を始めようとする段階の顧客は、この「習熟していない」側、すなわち消費者的事業者に該当する可能性がある層だといえます。
3.そもそも除外が及ばない類型――連鎖販売・業務提供誘引販売
もう一つ、構造上の落とし穴があります。第26条の「営業のため」の適用除外は、あくまで訪問販売・通信販売・電話勧誘販売を定める章に対するものであり、連鎖販売取引と業務提供誘引販売取引には及びません。これらは別の章に独立して規定されているため、相手が事業者であっても、取引の実態が該当すれば規制がそのまま適用されます。
とりわけ、副業・在宅ワーク系の商材は業務提供誘引販売取引に該当しやすい点に注意が必要です。これは、商品や役務を利用した業務に従事すれば収入(業務提供利益)が得られると誘引し、その代金や取引料などの金銭負担(特定負担)を伴う取引をいいます(第51条)。SNSや動画広告を入口とした高額なノウハウ販売、自動売買ツールの販売、稼ぐことをうたうコンサルティングなども、その勧誘の仕方や契約内容によっては、これに該当する可能性があります。該当すれば、契約前の概要書面と契約時の契約書面という二段階の書面交付義務、誇大広告や不実告知の禁止、契約書面を受け取った日から20日間のクーリング・オフ、不実告知等による取消権、損害賠償額の上限といった規制がフルに及びます。法定書面が交付されていない場合や、法定の記載事項を欠くなど一定の場合には、クーリング・オフ期間の起算に影響し、20日を過ぎてもクーリング・オフが認められることがあります。違反は指示・業務停止・業務禁止の行政処分の対象となり、悪質な場合は罰則も科されます。
4.消費者契約法・景品表示法との重なり
顧客が消費者的事業者であるということは、取引の実質次第で消費者契約法上の「消費者」に当たり得ることを意味します。その場合、不実告知や断定的判断の提供、不利益事実の不告知によって誤認して契約したときの取消権(第4条)や、損害賠償の予定・違約金のうち平均的損害を超える部分の無効(第9条)、消費者の利益を一方的に害する条項の無効(第10条)といった規律も重なってきます。特商法だけを見ていては足りないのです。
広告面にも注意が必要です。「誰でも簡単に稼げる」といった根拠の乏しい表現は、特商法の誇大広告の禁止(第12条)に触れるおそれがあります。あわせて、一般消費者向けの広告表示を広く規律する景品表示法との関係でも、優良誤認・有利誤認に当たり得ます。なお同法は、令和6年10月施行の改正により、優良誤認表示・有利誤認表示について一定の要件の下で100万円以下の罰金を科す直罰規定も設けており、表現面のリスクは高まっています。
5.だから、契約書と書面はこう整える
以上を踏まえると、契約実務の出発点は、「顧客には消費者的事業者が含まれる」という前提に立つことです。「事業者向け」という表記や事業者名義での契約によって適用除外を装う設計は、もはや通用しません。
具体的には、第一に、自社の取引がどの類型に当たるかを見極めたうえで、類型ごとの法定記載事項を満たした概要書面・契約書面・「特定商取引法に基づく表記」を整えることです。書面の不備はクーリング・オフ期間の起算を止め、後からの解除を許す原因になります。第二に、クーリング・オフ、返品、中途解約等について、適用される法令や取引類型に応じて正確に定めることです。これらは根拠となる規定や扱いが類型ごとに異なり、たとえばクーリング・オフのように、期間を短縮したり権利を排除したりする特約が認められない類型もあります。第三に、断定的・誇大な表現を広告からも契約書からも排除することです。第四に、書面の電子化には慎重を期すことです。令和5年6月から一定の要件のもとで電磁的方法による提供が可能となりましたが、相手方の承諾など要件が厳格で、安易な電子交付は書面不交付と評価されかねません。加えて、損害賠償や違約金の定めも上限規制を超えては請求できません。これらに反すれば、行政処分や罰則にとどまらず、クーリング・オフや取消しによる代金返還を迫られ、事業基盤そのものを揺るがしかねません。
6.まとめ
新規開業者・副業者を顧客とする取引では、「相手が事業者だから特商法は関係ない」という思い込みが最大の落とし穴です。顧客の多くは、形式は事業者でも実質は消費者に近い消費者的事業者であり、令和6年の通達は、利益を得たい意思があるだけでは適用除外とはならず、取引への習熟性を実質的に見て判断することを明確にしました。さらに、業務提供誘引販売取引や連鎖販売取引には、そもそも「営業のため」の除外が及びません。加えて消費者契約法や景品表示法も重なり得ます。自社の取引類型を正しく見極め、消費者的事業者を前提とした書面・契約条項・広告表現を一体で整えることが不可欠です。
当事務所は、契約書作成を専門とする行政書士事務所として、特定商取引法に適合した契約書・概要書面・契約書面や、「特定商取引法に基づく表記」の整備を支援しております。新規開業者・副業者向けのサービスを設計・提供される事業者の方は、トラブルを未然に防ぐためにも、取引の立ち上げ段階でぜひご相談ください。

