取引を始めるとき、相手方から「契約書はこちらで用意しました」と一式を差し出されることは珍しくありません。体裁が整い、条項も細かく並んでいると、つい「きちんと作られたものだろう」と考え、そのまま署名してしまいがちです。しかし、これは避けたい対応です。相手が用意した契約書は、あくまで相手の立場から作られたものであり、そのまま受け入れると、思わぬ不利益を負うことになりかねません。本コラムでは、契約書作成を専門とする立場から、先方の契約書案を鵜呑みにしてはいけない理由を整理します。

契約書は「作った側」に有利にできている

まず知っておきたいのは、契約書は中立の文書ではないということです。ドラフトを作成する側は、自社のリスクをできるだけ小さくし、有利な条件を盛り込もうとします。これは不正でも何でもなく、当然の作業です。裏を返せば、相手が作った契約書には、相手にとって都合のよい条項が自然と組み込まれていることになります。

たとえば、責任の範囲、解約の条件、支払の時期、権利の帰属といった重要な項目が、片方に偏って定められていることは少なくありません。一見すると公平に見える条文でも、いざトラブルが起きたときに効いてくるのは、こうした細部の偏りです。整った見た目は、内容の公平さまでは保証してくれません。

一度署名すれば、原則として拘束される

次に重要なのが、契約は当事者の合意によって成立し、署名した以上はその内容に拘束される、という原則です。日本では口頭でも契約は成立しますが、書面に署名や押印をすれば、その契約書は「双方が合意した内容」を示す強い証拠になります。

やっかいなのは、後から「その条件は不利だった」と気づいても、それだけを理由に契約をなかったことにするのは難しいという点です。錯誤や詐欺による取消しといった救済の手段はありますが、認められる要件は厳しく、単に条件が不利だったというだけでは通りません。だからこそ、署名する前の段階が決定的に重要になります。

「法律が守ってくれる」とは限らない

「多少不利でも、最後は法律が守ってくれるはず」と考える方もいます。しかし、これも過信は禁物です。民法などの多くの規定は、当事者が合意で別の内容を定めれば、そちらが優先される「任意規定」です。つまり、契約書に定めがあれば、法律の原則ではなく契約書の内容が適用されるのが基本です。

たとえば、引き渡した成果物に問題があったときの責任、いわゆる契約不適合責任も、契約によって軽減したり排除したりできます。相手の契約書案に「一切責任を負わない」といった定めがあれば、法律の原則よりもその条項が優先されかねません。もっとも、当事者の力関係を是正するための強行的なルールも存在します。下請法や独占禁止法の優越的地位の濫用の規制、消費者契約法、令和6年に施行されたフリーランスの取引適正化に関する法律などです。ただし、これらは適用される場面や要件が限られており、あらゆる不利な契約を救ってくれるわけではありません。

特に見直したい条項

実務でチェックをおすすめしたいのは、次のような条項です。損害賠償の上限や免責の範囲、契約を解除できる場合とその手続き、契約期間と自動更新の有無、中途解約の可否、成果物や知的財産権の帰属先、秘密保持や競業避止の義務が一方にだけ課されていないか、そして紛争時の裁判所が相手方の本拠地だけに限定されていないか。いずれも、平時には気にならないものの、いざというときに大きく効いてきます。こうした条項こそ、署名の前に落ち着いて確認しておく価値があります。

修正を申し入れるのは、失礼ではない

先方の契約書案をそのまま受け入れてしまう背景には、「修正を求めると心証を悪くするのではないか」というためらいもあるようです。しかし、契約の条件をすり合わせることは取引の当然の一部であり、疑問点を確認したり、修正を提案したりすることは、決して失礼にはあたりません。むしろ、内容を十分に理解しないまま署名するほうが、後の大きな行き違いにつながります。提示された契約書は、あくまで交渉の出発点として受け止め、納得できるまで確認する姿勢が大切です。

まとめ

先方の契約書案は、話を進めるためのたたき台としては有用ですが、そのまま署名してよいものではありません。整った書面ほど、かえって偏りが見えにくいものです。署名の前に内容を精査し、必要な修正を申し入れることが、後のトラブルを防ぐ最善の方法だといえます。

当事務所は、契約書作成を専門とする行政書士事務所として、相手方から提示された契約書の点検と、修正案のご提案を承っております。許認可と契約実務の双方の知見を活かし、御社の立場から不利な条項を洗い出します。契約書にご不安がある際は、署名される前に、ぜひ一度ご相談ください。

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