契約手続のペーパーレス化が進み、契約書や案内をPDFにして送ることは、いまや当たり前になりました。特定商取引法が適用される取引でも、「契約書面はPDFにしてメールで送れば済む」と考えている事業者は少なくありません。しかし、これは危険な誤解です。令和5年6月に施行された書面交付の電子化のルールは、消費者保護の観点から非常に厳格に作られており、法定の書面をPDFにして送っただけでは、適法な電子交付とは認められません。そして、これを誤ると、事業者にとって思わぬ重い結果を招きます。本コラムでは、契約書作成を専門とする立場から、特定商取引法における電子交付の正しい考え方を整理します。
特定商取引法の「書面交付義務」とは
まず前提として、特定商取引法は、消費者トラブルの起きやすい一定の取引類型について、事業者に法定の書面を交付する義務を課しています。対象となるのは、訪問販売、電話勧誘販売、訪問購入、連鎖販売取引、特定継続的役務提供、そして業務提供誘引販売取引の六つの類型です。
これらの取引では、勧誘しようとする取引の概要を記した概要書面、申込みの内容を記した申込書面、契約の内容を明らかにする契約書面といった書面を、法律で定められた事項を漏れなく記載したうえで交付しなければなりません。これらの書面は、消費者がクーリング・オフをはじめとする権利を行使するための出発点となる、極めて重要なものです。従来、これらは紙の書面による交付しか認められていませんでした。
令和5年6月から電子交付が可能に。ただし「原則は紙」
その後の改正により、令和5年6月1日から、これらの書面を電子メール等の電磁的方法によって提供することが認められるようになりました。ペーパーレス化の要請に応えたものです。
ただし、ここで重要なのは、電子交付が「原則」になったわけではないということです。あくまで紙での交付が原則であり、消費者の承諾を得た場合に限って、例外的に電子的な方法が認められるという建て付けになっています。しかも、消費者がクーリング・オフなどの権利を確実に行使できるよう、その手続には細かな要件が課されています。この要件を満たさなければ、たとえPDFを送っても、書面を交付したことにはなりません。
なぜ「PDFを送っただけ」では足りないのか
PDFをメールで送るだけでは適法な電子交付にならない理由は、大きく三つあります。
第一に、消費者の承諾が必要である点です。事業者は、電子交付を行う前に、どのような電磁的方法によるのか、その種類と内容を消費者に示さなければなりません。具体的には、電子メールで送るのか、ウェブサイトからダウンロードさせるのかといった方法や、PDFといったファイルの形式を明らかにしたうえで、消費者から承諾を得る必要があります。事業者が一方的に「PDFで送ります」と告げるだけでは、この承諾の要件を満たしません。
第二に、承諾の取り方とその記録に関する要件です。承諾は、書面または電磁的方法によって得る必要があり、しかも、その承諾は消費者の真意に基づくものでなければなりません。加えて、承諾を得た事実については、原則として書面(紙)にして消費者へ交付することが求められています。承諾さえ口頭でとれば足りる、というものではないのです。
第三に、消費者が確実に受け取り、内容を保存できる状態にする必要がある点です。送ったPDFが消費者の手元に届き、消費者がこれを閲覧し、印刷や保存によって記録として残せることが前提となります。単に法定の記載事項を掲載したウェブサイトを消費者に閲覧させるだけの方法は、電子交付とは認められません。また、契約条項の全体を一覧できることや、改ざんを防ぐための措置を講じることも求められます。
適法な電子交付にするための流れ
では、どうすれば適法な電子交付になるのでしょうか。実務的には、おおむね次のような流れをたどることになります。
まず、契約に先立って、電子交付を行う旨と、用いる電磁的方法の種類・内容、そしてファイルの形式を消費者に説明し、提示します。次に、その内容について消費者から承諾を得ます。そのうえで、承諾を得た事実を書面にして消費者へ交付します。さらに、法定の記載事項をすべて満たした契約書面等を、一覧性を確保し改ざん防止の措置を講じたPDF等の形式で提供し、消費者が確実に受信・閲覧・保存できたことを確認します。
加えて、消費者は、いったん電子交付を承諾した後であっても、改めて紙の書面での交付を求めることができます。事業者としては、こうした求めにも応じられる体制を整えておく必要があります。PDFをメールに添付して送信するという行為は、この一連の手続の中の、ごく一部にすぎないのです。
誤ったときの重い代償
これらの要件を満たさないまま電子データを送っても、法律上は書面を交付したことになりません。ここで見落とされがちなのが、クーリング・オフとの関係です。
クーリング・オフの期間は、法定の要件を満たした書面が交付された時点から進行を始めます。したがって、電子交付が要件を欠いていれば、そもそも書面が交付されていない扱いとなり、クーリング・オフの期間がいつまでも起算されないことになります。その結果、事業者は、契約から長い時間が経ったあとでも、消費者からクーリング・オフを主張されるリスクを抱え続けることになります。加えて、書面交付義務の違反は、行政処分や罰則の対象にもなり得ます。ペーパーレス化のつもりが、かえって大きな不安定要素を抱え込むことになりかねないのです。
PDFそのものが問題なのではない
ここまで読むと、電子交付は避けたほうが無難だと感じるかもしれません。しかし、PDFや電子メールという手段そのものが否定されているわけではありません。むしろ、法定の記載事項を満たしたPDFファイルの提供は、法律が認める電磁的方法の一つです。問題となるのは、必要な説明や承諾、記録の確保といった手続を踏まないまま、ファイルだけを送ってしまうことにあります。裏を返せば、正しい手続を設計しさえすれば、電子交付は事業者にとって有効な選択肢になります。避けるべきは電子化そのものではなく、手続を欠いたまま「送っただけ」で済ませてしまうことなのです。
まとめ
特定商取引法が適用される取引では、契約書面等をPDFにしてメールで送るという行為だけでは、電子交付として認められません。消費者への事前の説明と承諾の取得、承諾した事実の書面による交付、そして確実な到達と保存の確保という、一連の要件を満たしてはじめて、適法な電子交付となります。これを誤れば、クーリング・オフがいつまでも終わらないという、不安定な状態を招きます。
なお、電子交付が認められるのは、そもそも法定の記載事項を漏れなく満たした書面があってこそです。電子化の手続以前に、書面そのものの内容が整っていることが大前提になります。当事務所は、契約書作成を専門とする行政書士事務所として、特定商取引法に対応した契約書面・概要書面の作成や、電子交付を行う場合の承諾取得の書面・手続の設計を支援しております。オンラインでの取引を予定されている事業者の方は、書面と手続を一体で整えるためにも、ぜひ一度ご相談ください。

お問い合わせ
contact
ご依頼ご相談はこちらから!
お気軽にご相談ください。

