顧客や取引先からの理不尽な要求や暴言によって、従業員が心身をすり減らし、離職に追い込まれる。こうしたカスタマーハラスメント(カスハラ)が、いまや無視できない経営課題となっています。厚生労働省の調査でも、顧客等からの著しい迷惑行為について従業員から相談を受けたとする企業は約三割にのぼり、増加の傾向がみられます。国もこの問題に本格的に踏み込み、2025年に成立した改正労働施策総合推進法によって、2026年10月1日から、事業主にはカスハラ防止のための措置を講じることが義務づけられました。その対策の出発点となるのが、会社としての基本方針を示す「カスタマーハラスメント防止ポリシー」です。本コラムでは、契約書をはじめとする文書作成を専門とする立場から、実効性のあるポリシーを作成するためのポイントを整理します。

なぜ今、ポリシーの策定が求められるのか

改正労働施策総合推進法によるカスハラ対策は、従業員を一人でも雇用するすべての事業主が対象で、企業規模による猶予はありません。国の指針では、事業主が講ずべき措置として、会社の方針の明確化と周知・啓発、相談に応じる体制の整備、被害が生じた場合の事後の適切な対応、そして相談した従業員に不利益な取扱いをしないことなどが求められています。

このうち、最初に位置づけられているのが「方針の明確化」であり、その具体的な形がカスハラ防止ポリシーにほかなりません。会社がカスハラを許さないという姿勢を明文化し、社内外に示すことは、単なる努力目標ではなく、法的な措置義務を果たすための土台となるのです。加えて、東京都をはじめ、いくつかの自治体ではカスハラ防止に関する条例も施行されており、事業者の取組が一層求められる流れにあります。

まず「カスハラの定義」を明確にする

ポリシーを作成するうえで最も重要なのが、何をカスハラとするのかを明確に定めることです。国の指針は、カスハラを大きく三つの要素でとらえています。すなわち、顧客等の言動であること、それが業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えていること、そしてその言動によって従業員の就業環境が害されることです。

ここで見落としてはならないのが、正当なクレームや意見までカスハラに含めてはならないという点です。商品やサービスへの真摯な指摘は、むしろ会社が受け止めるべき貴重な声です。要求の内容そのものに理由があるかどうかと、その要求を通そうとする手段や態度が社会通念上相当かどうかは、切り分けて考える必要があります。この線引きを曖昧にしたまま「クレーム=カスハラ」と扱えば、かえって顧客との信頼を損ないかねません。ポリシーには、この判断の物差しを分かりやすく示しておくことが求められます。

対象範囲と行為の類型を具体的に示す

定義とあわせて、誰による、どのような行為を対象とするのかを、できるだけ具体的に示すことが有効です。対象となる相手は、消費者としての顧客に限られません。取引先や施設の利用者など、事業に関係するさまざまな立場の人が含まれ得ます。

行為の類型についても、抽象的な表現にとどめず、想定される場面を挙げておくと、従業員が判断に迷いません。たとえば、殴る蹴るといった身体的な攻撃、大声での威圧や人格を否定する暴言、長時間にわたる拘束や執拗な電話、土下座や過剰な謝罪の強要、正当な理由のない金銭や商品の要求、そしてインターネットやSNS上での誹謗中傷などです。自社の業種で起こりやすい行為を洗い出し、盛り込んでおくことで、ポリシーはより実践的なものになります。

会社の基本姿勢と対応方針を示す

ポリシーの核心は、会社が従業員を守るという明確な姿勢を打ち出すことです。カスハラに対しては組織として毅然と対応する、従業員を一人で矢面に立たせない、という会社の意思を、はっきりと言葉にします。この宣言があるからこそ、従業員は安心して対応にあたることができます。

そのうえで、実際の対応の道筋も定めておきます。カスハラを受けた従業員がどこに報告し、誰が対応にあたるのか。記録の残し方や、複数人での対応、責任者への引継ぎといった手順。そして、悪質な場合には、取引の停止や施設への出入りの制限、警察や弁護士との連携、法的措置も辞さないといった会社としての対応方針です。対応の基準をあらかじめ共有しておくことで、現場での判断のばらつきや、担当者の孤立を防ぐことができます。カスハラを個人の対応力の問題にせず、組織として引き受ける姿勢を示すことが、従業員の安心につながります。

従業員の保護と、社内外への周知

ポリシーは、作って終わりではありません。相談体制と結びつけ、実際に機能させることが欠かせません。カスハラを相談した従業員が、そのことを理由に不利益な取扱いを受けないこと、相談内容のプライバシーが守られること、必要に応じて心身のケアを受けられることを、ポリシーの中に明記しておきます。これらは国の指針でも求められている事項です。

また、ポリシーは社内に周知するだけでなく、顧客に向けて掲示やウェブサイトで公表することにも意味があります。会社の姿勢をあらかじめ示すことは、カスハラそのものを抑止する効果が期待できるからです。あわせて、研修などを通じて従業員に内容を浸透させ、就業規則や関連する社内規程との整合も図っておくと、より実効性が高まります。

ポリシーだけで終わらせない――体制と運用

ポリシーは、それを支える体制と運用があってはじめて生きます。相談窓口を設けても、担当者が対応の基準を持っていなければ機能しません。ポリシーと連動する形で、初期対応の手順や記録の様式、対応を引き継ぐ基準などを定めた対応マニュアルを整えておくと、現場は動きやすくなります。また、どの段階で上司や責任者に引き継ぐのか、どこから警察や弁護士に相談するのかといったエスカレーションの目安を示しておくことも、担当者の負担を軽くします。

さらに、一度作ったポリシーであっても、実際に起きた事例や、法令・指針の改正を踏まえて、定期的に見直していくことが望まれます。従業員への研修を繰り返し、内容を実際の行動に落とし込んでいくことで、ポリシーは形式的な文書にとどまらず、現場を守る実効性のある仕組みへと育っていきます。方針、体制、運用の三つを一体として設計する視点が大切です。

まとめ

カスタマーハラスメント防止ポリシーは、2026年10月に義務化されるカスハラ対策の土台となる文書です。正当なクレームとの線引きを明確にしたうえで、対象範囲と行為類型、会社の基本姿勢と対応方針、そして従業員の保護と周知までを、自社の実態に即して落とし込むことが、実効性を左右します。ひな形を写しただけのポリシーでは、いざというときに現場を守れません。

当事務所は、契約書をはじめとする文書作成を専門とする行政書士事務所として、カスタマーハラスメント防止ポリシーや関連する社内文書の作成を支援しております。就業規則への反映など労務面の手続が必要な場合には、社会保険労務士などの専門家とも連携しながら進めます。従業員を守る仕組みづくりをご検討の際は、ぜひ一度ご相談ください。

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